冬は寒い。当たり前だ。けれど冬の北海道は本当に寒い。 俺はいつものコートの前を閉めてポケットに手を突っ込みススキノの歓楽街を歩く。また降り出した雪がネオンで飾られた風景を包み幻想的だ。薄く積もったそれに足を取られそうになりながら俺はある店に辿り着いた。 「ご指名ですか」 黒服のいかにも強そうな坊主頭の兄さんが頬を持ち上げるだけの笑顔でもって出迎える。 「予約の奈倉なんだけど、入ってるかな」 お待ちしておりました、と黒服の後に続きながら店内を眺める。内装だけみると普通のビジネスホテルみたいだなと思う、しかし壁に飾られた女の子たちの写真――いささか綺麗に撮られ過ぎているそれらが、ここがいかがわしい店だということを思い出させた。 「ごゆっくりお過ごしください」 お兄さんがおじぎをして去っていく背中を見送れば、案内された扉が勝手に開く。 「いらっしゃいませ」 水色の着物をはおった男が三つ指をついて俺に挨拶している。それからゆっくりと顔を上げた。 「やっぱ、てめぇか」 金髪の男は俺の顔をみるなり舌打ちして一言呻いたが、立ち上がって着物の裾をはたくと、お入りくださいと俺の手を引いた。 「何しに来た」 「何って、はるばる東京からシズちゃんの晴れ着姿を見に来たとでも言おうか」 「津軽」 「は?」 「俺の源氏名だ」 ソファに座ったシズちゃんはタバコを片手にけだるく紫煙を吐きだした。水色の着物に藍色の帯、白い足袋をはいたその姿はこの店の『和風』というコンセプトに合わせたのだろうか。この部屋は畳張りで約8畳と広めだ、大きな液晶テレビの前にはこれまた高そうな応接セットが並んでいる。作りの良いふかふかのベットだけが洋風で俺はそこに腰を下ろし向かいの彼をじろじろと眺めた。 「君がソープランドで働いてるなんて聞いたから、どうせ一人も客を取らない内に首になっているだろうと踏んでいたのだけれど……中々に評判はいいみたいだ」 「おかげ様で」 タバコをふかす彼に微笑みかけたつもりだったがふいとそっぽを向かれた。 「ひどいなあ、俺一応客なんだけど」 「冷やかしなら帰ってくれて構わないぜ、俺も忙しいんでね」 「冷やかすにしても120分は長すぎやしない」 そうかよ、彼はおもむろに着物を脱いだ。 「え、ちょ待って、自分で脱げるって」 俺はいまこの部屋にある豪華な風呂場の脱衣所で服を脱がされている。まあそれは読んで字のごとく脱衣所なのだから良いとして、あろうことかあの平和島静雄に脱がされているという部分、ここ重要。 「決まりですからお客様」 白い着物だけになった彼は淡々と俺の上着をひっぺがし、ついでズボンのジッパーに手をかける。 「はああ、流石は高級店。総額6万円は伊達じゃないよねえ」 ため息をつく俺を無視するようにシズちゃんはボクサーパンツを取り上げた。 「お座りください、奈倉様」 「わお、スケベ椅子! 初めてみた」 素っ裸ではしゃぐ俺を見もせずに彼は白い着物をきたまま浴室に入り桶に湯をためて何か準備をしている。金ぴかのバカみたいな椅子に座ってその後ろ姿を見つめていると彼が振り向いた。 「お身体を洗わせていただきます」 シャンプーはいいものを使っているみたいで薔薇の匂いがほんのりと香る。スポンジは持たないらしい、手で直接俺の体を撫で擦る彼に最初は骨が折れると体を固くしたのだが、案外優しく丁寧に扱われその手際の良さに驚いた。 「手慣れてる」 「当たり前だ、仕事なんだぞ」 背後で多分仏頂面を吊り下げているであろう彼は、俺の股間に泡だらけの手を伸ばす。 「仕事ね」 「ああ、そうだ」 彼の細い指が俺のペニスをしごく、陰嚢を優しく包み、先っぽを指で刺激してくる。 「あっ……んん、そこ気持ちがいい」 「あえぐな、気持ちが悪い」 彼のくぐもった笑い声が風呂場に反響する。俺のチンコは痛い位に勃起していた。 「一度出すか?」 彼の問いに首を振れば、そうかと一言だけ呟いて俺の前に回りこむ。それから四つん這いになって着物の裾を捲り上げた。 「どうぞお客様、もう用意は出来ています」 尻を突き出してくる彼の痴態に目眩を感じつつも、俺はその細腰を掴む。柔らかい尻を撫でれば、彼の背中が震えたのがわかった。人差し指を這わせて後孔の入り口を突くと、そこはヒクリと蠢いた。俺は無言で自分のものを宛がう。 「いっ、あうっ」 中に進めれば相手から痛そうな悲鳴が漏れ出たが、俺は律動を止めることは出来ない。 「気持ちいい……シズちゃんの内臓すごい締めつけてくるよ」 「だ、から……その名で呼ぶな、て、い言って、ああっ!」 振動に悲鳴を上げる彼が蛇口に頭をぶつけたのを見て俺は慌ててシズちゃんの手を掴み浴槽の縁を握らせる。蛇口は無事な様だ。こんなつまらないところに俺は浪費したくはない。 「借金は、減ったのっ」 彼の肩を掴んで奥を突けば、切れ切れの息の中金髪を乱しながらああ、ともううん、とも取れる様な声を上げた。 「はるばる北まで出稼ぎに行くなんて、さっ」 東京からここまで飛行機代いくらすると思う? 往復で7万円位するんだよ? ここで遊ぶ金額を含むと13万円、いやいや食事代や宿泊代を入れると16万はいったね。ああそういえば波江さんがじゃがいものお菓子が弟君が好きだから買ってこいとかなんて言ってたっけ、じゃが、じゃがじゃが、う〜とじゃがもっこり! 「じゃがぽっくるだ、ばかあ! 突っ込みながら、べらべらしゃべんなぁああっ」 湯の入った浴槽に彼は溺れるように手を入れた、温かい水しぶきが俺の顔にひっかかり蛍光灯にきらきらと反射して弧を描いた。 「だって、何か言ってないと」 頭がおかしくなりそうなんだ、彼の赤く染まった首に噛みつきながら俺は欲望を中に放つ。 「な中出しは、別料金ですよ……お客様」 浴槽にもたれたまま荒い息をつく彼は後ろの穴から白濁を垂れ流し妖艶に笑ってみせた。 「へぇこんなのまであんだ」 赤い椅子に座ると自然に足が広がる、俺の股の間で平和島静雄の生首が俺の萎えているモノを咥えてる。なんとも蟲惑的な光景。 「ん……寒いのか縮んでるぞ」 生首がしゃべる。否、彼は生首ではない。ちゅ、と音を立てて俺の汚れたペニスを綺麗にしている。白い着物は汗に濡れて透けていてそこから覗く薄ピンクの乳首を親指でなぞる。 「うん、お風呂入りたいなおれ」 子供がねだるみたいに話しかければ、彼は微笑んで俺を抱きかかえた。 「静かだね」 「年明けだからな」 湯船の中で俺は後から彼に抱きとめられている。幼子が母親に包まれているような安心感に俺はまどろんだ。彼の繊細な指先が俺の腕に絡まりマッサージをする様子をぼんやりと見つめる。温かい湯気に眠りそうになる。 「おい寝るなら出るぞ」 「……もう少しだけ」 しょうがねえな、彼の声が耳元で優しく笑ったので俺はとても満足して目を閉じた。 結局その後、風呂から出てベットでもう一度抱き合い、疲れて汚れた体のままベットに横になっている。こちらに背を向けて同じくぐったりと横たわっている裸の体に手を伸ばす。 「痩せたね」 「そうか」 彼の肩越しにみえる夜景を見据えながらその細い体を抱く。 「ねえ、俺が口利きするからAVに出ない? そうすればもっと効率良く稼げるよ」 「考えとくわ、相手がお前じゃなければ」 「じゃダメ」 「あっそ」 少し寝かせてくれ、と彼は言った。その後で「いい加減に理由がないと俺を抱けない癖なんとかならないか」と独り言のように小さく呟いたので俺は聞こえないふりをして金髪に顔をうずめた。やっぱり薔薇の匂いは彼に少しも似合わないと俺は思った。 さみしさのにおい 何だかどうでもよくなったシズちゃん |