『――…クリスマス寒波の影響で、日曜日の夜から月曜日の朝にかけて雪が降り出すでしょう。ホワイトクリスマスになりそうですね。』

今朝そんなことをテレビで言っていたなと思い出す。地下鉄の駅から出たら地面がうっすらと白く染まっていた。人通りの多い道はたくさんの足に踏まれたせいでシャーベット状になっている。歩きにくいことこの上ない。
腕時計で時間を確認してから歩を進めた。少し遅くなってしまったが、何とか間に合いそうだ。雪に足を取られながらもつい急いでしまう。これでは転ぶなと思いつつも早く会いたいと願う気持ちが止まらない。それが気恥ずかしいくも嫌ではなかった。

24日を含めた三連休二日目の夜、街はイルミネーションで彩られ、家族連れや恋人たちが楽しそうに時を過ごしていた。俺もそんな中の一人で、きっと今自分はとてもだらしない顔をしているだろう。
ポケットに左手を入れて、中にある四角い箱を撫でる。クリスマス直前、イルミネーション、給料3ヶ月分の輪っか、どれを取っても月並みでありきたりなシチュエーションだ。だがそれでも俺は緊張で心臓がおかしくなりそうだったし、それ以上に幸せだった。
そう、俺は幸せだったんだ。

待ち合わせ場所前の信号で立ち止まると見知った顔が見えた。俺に気づくといつものように微笑んでから彼女も横断歩道まで歩いてきた。この20メートル足らずの距離がもどかしい。早く青に変わらないかと歩行者用信号に目をやったときだった。


響くブレーキ音。上がる悲鳴。横転するトラック。浮き上がる華奢な体。冷たいコンクリートに叩きつけられたそれにゆっくりと歩み寄った。
だって、今なにが起こった?

「――…千鶴?」

膝を付いてその体を抱き起こした。焦点の合わない瞳と手のひらに伝う生温いものに一気に意識が覚醒していく。

「千鶴……千鶴っ!」

そんな、こんなことあるはずがない。さっきまで笑っていたのだ。さっきまで確かに、さっきまで……。

駆けつけた救命士が何か言っているが全く頭に入らない。最後には彼女から引き剥がされてしまった。
彼女から離れた手は赤く染まり、黒いコートにも大きな染みができている。

どうして、どうしてこんな。



ホワイトクリスマスなんて望んじゃいなかったのに



「降りそうですね、雪」

「そうだな」

「クリスマスに重なるなんて、素敵ですね」

「舞い落ち降り積もる雪は何か清らかなものに感じるが、溶けたり凍ったりすると厄介だ。出来れば本降りにならないでほしいのが本音だな」

「一さんは現実的ですね」

「折角出かけるのだから、歩きやすい方がいいだろう?」

「それもそうですね」


彼女も俺もそう言って笑っていたのに。
雪なんて降らなくて良かったんだ。彼女が隣にいればそれで。

雪が溶けた路面はよく滑る。つまりはそういうことだ。

ポケットに手を入れてそっと中身を取り出す。それを照明にかざした。
暗い病院の廊下で、石の付いた銀の輪っかが鈍く光った。


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