『過去形』

好きだった。貴方の赤みがかった髪が。指を通すと想像以上にしなやかで、少し驚いた。

大好きだった。貴方の黄金色の瞳が。優しく細められるのを見て、ずっとそこに私だけを映していてほしいと思った。

暖かかった。私を包む、逞しい腕が。その中にいると胸が高鳴るけれど、とても安心できたから。

喧嘩っ早いところは少し心配だけれど、それすらも愛おしくて……。とにかく貴方の好きなところなんて数えきれなかった。


そして、眩しかった。貴方の見る夢が。私には到底叶わないことだったから。



……。
――…。

私が行けば、彼は……。

私が傍にいることで、彼に危険が及ぶことなんて分かりきっていた。だけど、惹き付けられる感情に抗うことは苦しくて、辛くて。今まで目を逸らし続けていた。だけど、それも終わった。

「……さよなら」

さよなら、さよなら、さよなら………ごめんなさい。

貴方の夢の隣りに私が在りたいなんて、過ぎた願い。
今まで過ごした貴方との思い出だけで、私はこれからを生きていける。

ぜんぶ、ぜんぶ、忘れてください。貴方にはきっと明るいあしたが来るのだから。




好きだった。癖のない黒髪が。頭を撫でる度にその触り心地を楽しんでた。

綺麗だった。強い意志を宿した瞳が。これと決めたときのおまえは普段からは想像できないくらい凛としていた。

可愛いと思った。頬を染めた姿が。はにかんだ笑顔が。取り繕うことなく、嘘偽りのないその表情に癒されていた。

少し頑固なところはあったかもしれねえが、それすらも愛らしくて、とにかくおまえの好きなところなんざ数えきれなかった。


不安だった。迷い、危ういおまえの姿が。どこかに消えちまいそうで。


……。
――…。
まさか、本当にいなくなっちまうとはな。

おまえが引け目を感じてることは分かってた。……俺は、そんなに頼りなかったか?

「……千鶴」

空っぽの部屋の中、あいつとの日々を思い出す。思い出して、何もかもが過去形になっていく。
俺はこれから先、ずっとおまえを想って、叶わねえ夢を願いながら生きてかなきゃならねえのか?

俺には無理だよ。おまえを忘れることも。淡い思い出にすることも。

俺に明るい日は来ない。ただ甘く切ない過去が続くだけだ。


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