平行線をたどる日々




アスベル×ヒューバート
*喧嘩







 ヒューバートはバロニアの宿の一室に居た。ベッドに腰掛け、自前の本のページをぺらりと捲っている。ちく、たく、ちく、たく。部屋にはただ時計の音が響くだけ。いつもならば心地好いはずの空間も、今だけは腹が立つ。ヒューバートはついさっき、兄であるアスベルと喧嘩をしたばかりであった。きっかけは本当に些細なこと。アスベルがヒューバートに構ってもらえなくて拗ねたことが始まりだった。読書に集中したいヒューバートはちょっかいをかけてくる兄を鬱陶しく思い、邪魔だという旨を述べた。するとアスベルは顔を歪め、突然拗ねだしたのだ。ヒューバートとしては兄のその一連の行動が理解できず、まったくあなたは子供ですか、と無神経にも言ってしまったことが、おそらくアスベルのカンに障ったのだろう。そこから言い争いに発展してしまった。そしてひとしきり言い合ったあと、アスベルは「もういい! 勝手に本でも読んでろよ!」と吐き捨て勢いよく部屋を出て行った。そこでようやく、冒頭に戻る。静けさの訪れた部屋。待ち望んだその静寂に、ヒューバートは少しも嬉しいなどとは思わなかった。清清する、なんてこともなかった。いくら本を読んでも、内容が少しも頭に入らない。それどころか苛々とした感情がどんどん沸き起こる始末だ。

(兄さんの所為だ)

 ヒューバートはひとつため息を吐くと、パタリと音を立てて本を閉じた。そうして立ち上がると、兄を探すべく部屋を後にした。

(文句言ってやる……!)

 兄は町外れの森にいた。魔物を切り裂き、剣に付いた血を振るう。それを繰り返していた。何かを発散するようなその姿は、ヒューバートの目には兄が今だ怒っているのだと映った。一方アスベルはヒューバートの存在には気づいていないようで、ただただ魔物を切り裂き続けていた。そのうち魔物が姿を消すと、アスベルはようやくヒューバートの姿に気がつき、あっ、と声を上げた。

「ヒューバート……」

 アスベルの声は掠れていた。息を切らしながら己の名前を呼ぶ兄にヒューバートは呆れたようにため息をひとつ漏らすと、側まで歩み寄り何をやっているんだとあえて低い声で言う。

「依頼を遂行していたんだよ。町外れの森に魔物が住み着いて困ってるって。このくらいなら俺ひとりでも大丈夫かと思って」

 アスベルはそう言うと、袖で額の汗を拭った。そんな兄に、ヒューバートは怒っていたからじゃなかったのかと心中で安堵した。しかし、すぐにため息を漏らして頭を抱える。まったくこの人は、相手が雑魚だったから良かったものを。もしも敵がそこらの魔物より凶暴で強かったらどうするつもりだったのか。人の通りもないこんな町外れの森、助けなんて期待できないというのに。そう思いながら。

「あなたという人は……。もう少し考えて行動してください。こんな所でもし何かあったらどうするつもりだったんですか?」
「……また説教かよ」

 ヒューバートの苦言にアスベルはむっとしたように唇を歪ませて、ぼそりとつぶやいた。その言葉を聞いたヒューバートもまた器用に片眉を吊り上げて、眼前の兄を睨みつける。ああ、どうやらまだ喧嘩は続行しているらしい。自分の中でも解決した気持ちなんかこれっぽっちもなかったが、それはどうやら兄も同じらしかった。

「まだ拗ねているんですか。あなたは本当に子供ですね」

 それは自分だって同じはずなのに、あえて己は気にしていないという態度を取ってみる。するとアスベルは眉根を寄せて、自分だって、などと言うものだから、ヒューバートは堪らなくなって声を荒げそうになる。けれどすんでのところで怒声を押し殺し、誤魔化すように眼鏡のブリッジを押し上げた。

「兄さんじゃあるまいし。僕はとっくに冷めていますよ。大人ですから」
「どうだか。俺より子供なくせに」
「実年齢だけの話でしょう? 精神年齢に関しては、少なくともあなたよりは上のつもりですよ」

 二人してむきになって、くだらない言い争いを続ける。端から見たらきっと何事かと思われるだろう。生憎、ここは町外れの森のため辺りに人の姿や気配はないが。しかしここまでむきになると、なんだか段々と喧嘩している今の状況がおかしく思えてくるから不思議だ。アスベルとヒューバートは互いに顔を見合わせると、同時にため息を吐いた。

「……やめるか」
「……ええ。不毛です」

 とりあえず街に戻ろう。どちらともなく言い出して、二人は森に背を向ける。

「ヒューバート、手……繋がないか」

 アスベルが照れ臭そうにそう言えば、その倍は照れる弟の姿。仕方ないですね、と顔を真っ赤に染め上げながら言い放ち、兄の左手に己の右手を絡めた。そんな弟の態度にアスベルは目を細めて柔和に微笑むと、繋がれた彼の手を引き歩みだした。

「……宿に戻ったら、たくさん構ってあげます……」

 そんな弟の小さな小さなつぶやきを聞きながら。



平行線をたどる日々


でもそれが一番しあわせ!



- - - - - - - - - -
11/4/25
11/11/9 加筆修正




Back