Hello my Dream




レイヴン×リタ
*ED後








「おっさんの夢はねぇリタっち――」
「あーっ! もうっ! うっさい! 邪魔なのよおっさん! 夢だかなんだか知らないけどそんなん語ってる暇あったら今この現状をなんとかしなさいよ!!」

 男の瞳が不満そうに揺れる。少女にあるコトを聞いてもらいたくてわざわざ少女の家までやって来たのに、どんなに扉をノックしても家人の少女は顔を見せず、しかし扉の奥からはガタゴトと物音がするので鍵の掛かっていない扉を開けて家内に入ってみた途端、一際大きな物音と共に埃にまみれた汚らしい大量の本と少女が二階から降ってきたのだ。びっくりしたが、取り合えず本と埃に埋まった少女を救出するべく、男は腕を捲った。話は少女を助け出した後、ゆっくりすればいいのだから。ところがどっこい、救出された埃まみれのお姫様は、自分を掘り起こした男にありがとうの一言どころか笑顔も見せず、それどころか不機嫌そうに「片付けを手伝え」と命令を下してきた。少女が一度言い出したら聞かないのは嫌という程に知っていたので、男は諦めて掃除係を任されたのだった。

「俺様、リタっちにお話聞いてもらいたくて来たのよ? 掃除するタメじゃなくてさぁ」

 ぶちぶち文句を垂れながら、それでも言われるがまま本を著者順に並べていくこの男も相当律儀である。

「口動かす暇あったら手ぇ動かしなさい! 並び順間違えてたら殴るからね!」
「へーいへい……」

 話なら、後でちゃんと聞くから。少女が小さく呟いた言葉を、男は聞き逃さなかった。ぱあぁ、と効果音が聞こえてきそうな程に空気を明るくした男は、また張り切って少女が耽読したであろう本を古めかしい本棚に押し込んでいく。次々と、ぎゅうぎゅうに、詰め込む。木製の使い古した本棚をふと見上げ、男は少女にねぇねぇと尋ねる。

「この本棚、いつからあるのよ?」
「さあ……もの心ついた頃にはもうあった気がするわ」

 ならば最低でも15年以上は昔の物か。男は遠い目をしてそのボロボロの本棚を見つめていた。本を押し込む作業も、すっかり止まっている。それに気づいた少女は、カッとして再び怒りを男にぶつけた。手が止まってるわよ! ちゃんとやれ! 殴るわよ!? 酷い暴言の数々を浴びせられても、男は微動だにしない。流石に不安になった少女は、そろそろと男に近寄る。

「……おっさん?」

 どこか懐かしいような、物悲しい目をして本棚を見つめる男を、少女が見つめている。不安げに揺れる瞳には、酷く頼りない中年男性が映りこんでいた。

「どしたのよ? ねぇ……」
「あんさぁ……この本棚、10年以上前からあんのよね……」

 漸く言葉を発した男に、少女はホッと胸を撫で下ろした。しかし男の言葉を聞いて、少女は意味の判らなそうに顔を歪めた。

「10年前……人魔戦争の時にも此処にあったのよねぇ」
「……」

 男の言う事の意味が、少女には理解出来た。だが少女は、男の正体は知っていても、過去は知らない。だから男が何に思いを馳せ何を考えているのかは、さっぱり判らなかった。なんだかそれが、無性に悔しい。

「……あの時代の傷痕、こいつは全部知ってんのね」

 物は違えど、同じ時代を駆けたモノ同士。男は愛おしそうに本棚に刻まれた古傷に触れた。そして少女もまた、男の心臓(正確には代わりのもの)のある胸部にそっと触れる。

「リタっち?」
「あんたの……夢? ってやつ? ……聞いてあげる」

 男の胸に手を添えながら、内に眠る魔導器(ブラスティア)に思いを馳せる。かつて少女の首に付けられていた首輪型の魔導器は、とっくに姿を消していた。

「おっさんの夢はねーえ、科学者になるコト!」
「ぶっ殺すわよ」
「っていうのは冗談で……」

 科学者、なんて男にしては有り得ない発言に、少女は本気の殺意を持って男を睨み付けた。これには流石の男も下手には茶化せない。男は今度こそ真面目な面持ちで話し出す。

「んー……おっさんの夢はね、リタっちのお婿さんになること」

 焦がされるかもしれない。おっさんの丸焼きは、あまり美味しそうではない。あ、でも魔導器がないから魔術は使えないのかぁと男はぼんやり思った。拳が飛んでくる覚悟もしっかり持ち合わせて。しかし、少女からはなんの反応もない。怒声も、ましてや拳も飛んでこない。およ? と体を横に反らせて少女の顔を覗き込む。そこには、顔を真っ赤に染め上げて、下唇を噛み締める天才少女の泣きそうな顔。え、なんで? おっさん泣かせることした? そんな考えを隅へ追いやり、男は取り合えず手元に偶然投げ置かれていた一冊の古い本を少女の眼前へ向ける。

「ほらほらリタっち? この本おもしろそーじゃない? おっさんにはちと理解できんけど、きっとスッゴクおもしろいのよね? ね?」

 泣かせまいと、必死になって少女の意識を本へと向けさせようとする。しかしそんな男の努力も単なる徒労に終わる。

「お嫁さんは?」
「はい……?」

 目の前に差し出された本など無視して、先程の話題の続きを、少女は求めた。

「っ……お嫁さんは、あたし、なの……?」
「そ、そりゃあ、もちのろんよ。おっさんがお嫁さんにしたいのは、リタっちなんだから」

 お互いにどぎまぎとして、なんだか気まずくなってしまう。互いに何を言えばいいか判らず、二人の間にはすっかり沈黙が流れていた。そしてそんな沈黙を破ったのは、勝ち気な表情を取り戻した少女だった。

「ふ、ふんっ! 仕方ないから、おっさんのお嫁さんになったげるわよ!」
「……まじで?」
「そうでもしなきゃ、おっさん一生結婚出来ないでしょ? 仕方なくよ、仕方なく」

 そう言いつつも、少女の頬はこれでもかという程に赤らんでいた。照れているというのがバレバレな少女を見て、男はふっと柔らかく微笑むと、少女の頭をくしゃりと撫でた。

「やーん、リタっち可愛いわねぇ! おっさんリタっちのコト大好きぃ!」
「うっさいロリコン! 調子乗んな! 掃除しろ!」
「そういう女王様気質なところも、す・き!」

 ぞぞぞ、と背筋に悪寒の走った少女は、男の背中に一発蹴りをお見舞いしてやった。痛がりながらも幸せそうに笑う男の顔を見たら、なんだかどうでもよくなった。

「ねぇねぇリタっち。おっさん、夢が叶っちゃった!」









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10/2/18
加筆修正 11/1/9+11/11/10




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