見習い魔女と意地悪狼
*ハロウィン








 十月三十一日。今日は街がざわつくハロウィンの日。どの店に入っても、かぼちゃの置物がこちらを見て楽しそうに笑っている。実に不愉快だ。魔女を象った小さな人形が、今にも魔法を使いそうな格好でステッキを振るい笑う。ちっとも可愛くない。――僕はハロウィンが大嫌いだ。目には見えない存在を面白がって、仮装までしてお菓子をせびる。何が楽しいんだろう。本当に見えないものは、いつだって恐怖の対象でしかないのに。ひどく冷めた思考を抱きながら、僕は祭り事に浮かれた街を練り歩く。外でまで仮装をする人はいなくとも、店の売り子たちは大概が猫耳を付けたり魔女の帽子を被ったりしている。客寄せの一環なのだろう。本当にくだらない。胸中で悪態をつきながら、ポケットに手を突っ込んで携帯電話を取り出した。開けば画面には"着信あり 1件"の表示。確認しようとして、やめた。誰なのかは、大体予想がついている。おそらく最愛の恋人からだろう。今は、彼女とは話したくない。こんな汚れた気持ちのまま話せば、きっと要らぬことまで口走ってしまうだろうから。でも、もしかしたらフェレス卿から任務の用だったかもしれない。なんだか不安になってきた。やはり確認くらいしようか。閉じた携帯電話をもう一度開き、着信履歴を確認する。『みょうじなまえさん』。一番上に表示されている名前を見て、思わずため息をひとつ。悪いけどあとで掛け直そう、そう思って携帯電話を閉じようとした。その刹那、手の中のそれがぶるると震えだす。着信だ。表示を見れば、なまえさん。無視しようとしたのに、反射的に通話ボタンを押してしまったことに気づく。――しまった。

『もしもし、雪男くん?』
「……もしもし」

 不審な間が開いてしまったが、彼女はそれをさして気にした風でもなく、明るい声色で話しだす。今日はハロウィンだね。いまどこにいるの。よかったら一緒に過ごせないかな。なまえさんの話を要約すると大体そんな感じだった。なまえさんとふたりだけで過ごせる日なんて滅多にないから、僕だって一緒に過ごしたい。だけど、今日はハロウィン。きっと彼女はこの日の例式に則って仮装をしたいと言い出したり、お菓子をくれなきゃいたずらするぞなんて言い出すに違いない。ハロウィン嫌いな僕としては、正直勘弁願いたいところだ。だが、生憎僕にはなまえさんの申し出を断るような度胸は備わっていない。誰に悪く思われても、彼女にだけは嫌われたくない。もちろん、なまえさんはそんなことで誰かを嫌ったりするような人ではないが、やはり少しは残念に思うものだろう。

「うん、うん、聞いてるよ。じゃあ迎えに行くから。いまどこ?」
『「雪男くんのうしろ」』

 電話越しとは別に、すぐ近くで聞こえた女性の声に、弾かれたように振り返る。そこにはピジョンブルーのマフラーをぐるぐる巻きにしたなまえさんが、携帯電話を片手に突っ立っていた。驚きに言葉が出てこない僕を笑って、なまえさんはびっくりした?と尋ねてくる。びっくりしたに決まってるよ。こんな不愉快な日に、君と会えるなんて思わなかったから。未だにくすくすと笑う彼女に、僕は歩み寄ってその額を軽く小突く。

「笑いすぎ」
「だって、雪男くんのびっくりした顔なんて、滅多にお目にかかれないんだもん」
「そりゃあびっくりするよ、そんなにマフラーぐるぐる巻きにしてたら。まだ早いんじゃない?」
「え、そっちなの? だって明日にはもう十一月だよ? 早くないって」

 そうかな。思わず笑みが零れる。

「あ、雪男くんがやっと笑った」
「え?」
「ずっと顔顰めてたから、なにかあったのかと思ってたの」
「いつから見てたのさ」
「……ついさっき」

 えへへ、馬鹿みたいに笑うなまえさんに、僕まで顔の緩みがとまらない。馬鹿馬鹿しいのに、それが楽しいなんて本当に不思議だ。ハロウィンなんて嫌いだ。みんな浮かれていて馬鹿みたい。そう思っていたのに、なぜだろう。あの不愉快なジャック・オ・ランタンも、可愛げの欠片もない魔女の人形も、まるですべてが僕らの愛を祝福しているような錯覚に陥る。ただのかぼちゃ、ただの人形が、なんだかとても愛くるしいものに見えてくる。もしかしたらこれは、君が僕にかけた魔法なのかな。なまえさんが傍に居るだけで、僕は何かを嫌うどろどろとした感情を忘れられる。うん、やっぱりこれは、魔法なんだ。なまえさんの魔法にかけられて、僕は薄汚れた気持ちをじんわりと浄化していく。彼女が居る限り、僕が闇を恐れ、闇に染まることはきっとない。暖かいこの気持ちがそれを証明してくれる。だから君とは離れられないんだ。

「なまえさん、trick or treat」

 ハロウィンもなかなかに悪くない。あたふたと慌てる彼女の唇に己のそれを押し当てて、ひどく心地よい感覚に思わず酔いしれる。ショーウィンドウに飾られたジャック・オ・ランタンが、その笑みを深くした気がした。





見習い魔女と意地悪



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ハロウィン嫌いは完全捏造。

11/11/9 加筆修正




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