短編集 | ナノ

不器用な男



▼昔書いてた話がでてきたので再アップ。
拙いのは悪しからず。

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チャイムが鳴り授業が終わると同時に、美里が私の席までお弁当を持って来た。
クラスの中で一番の仲が良いと言っても過言ではない私達はいつも二人で食べている。

美里とは昨日のテレビはどうだったとか、
あの人気モデルが実は俳優と付き合ってたんだよねとか、所謂世間話を飽きもせず毎日話したりしている。
毎日一緒に食べているのに、毎日違う話題を話せるほど今の世間は流動的だ。

ガヤガヤ賑わっている教室はまさに高校生らしい。
しかし、次の扉の開く音で一瞬にしてそれが静まり返った。

振り返らなくても分かる。
下品な笑い方に、今時らしい言葉遣いの悪さ。
複数の混じり合った声がどんどんと近付いてきていることが、周りの視線と目の前の美里の顔色で容易に受け取れる。
私の口からは自然と溜め息が出る。それはもう盛大な溜め息で。



「数学」



ピタリと声の抑揚が止まったと思ったら前から伸びてくる手。



「またぁ?」

「忘れちまったんだからしょーがねぇだろ」

「何回忘れれば気が済むわけ?」

「うるせーさっさと貸せ」



何を偉そうに…!
それが人にモノを頼む態度かって!
どこを探したってそんな風にお願いしてくる人なんていないよ、“常識”のある人なら。

目の前に立つ偉そうな男を睨みつける。



「猿」

「あん?」

「あ、違った。寿の頭は猿以下か」

「んだと?」

「だって毎日忘れ物してんじゃん。学習能力無さ過ぎ。っていうか、馬鹿!」



そういった途端、美里の顔が焦った色に変わる。

それもそうだ。
寿にこんなことを言えるのは、学校中探しても私だけだろうから。

ついこの間までいっちょまえの不良だったこの男、三井寿は私の幼馴染。
正確にはまだ不良っぽさは抜けていない。
ただ、中学の時から続けていたバスケ部に戻ると決め、長かった髪をバッサリと耳が見えるまで切って。

……まぁ、かっこ良くなった…と思う。

でも、先生に反抗したり。
無益に人を殴ったり。
特にこの間のバスケ部との一波乱は学校中の噂で。
簡単に言えば、身から出た錆ってやつでみんなに怖がられている。


はぁっとわざとらしい大きな溜め息を吐いて、机の中から数学の教科書を取り出し寿に投げつける。
うおっとか慌てた声を出す寿のことなんか無視だ無視。
ここ最近、毎日私の教室に教科書を取りに来る寿からそろそろ金でも取ろうかと目論む。

サンキュと口角を上げてお礼を言ってくる寿に別にと冷たく返した。
頼み方は知らないくせに、お礼の言い方は分かってるらしい。



「明日はちゃんと持ってきなよ」

「へーへー」



……絶対嘘だ。
端から持ってくる気ゼロだろ…!



「ちょっと!ちゃんと聞いてんの?」

「聞いてんだろ」

「明日は忘れても貸さないからね!」



ふんっとそっぽを向く私に寿は、はぁ?と眉を寄せて声を上げる。



「貸せよ」

「やだ!自分で持ってくればいいじゃん」

「めんどくせーんだよ」

「私だって毎日貸すのめんどくさい」



埒の明かない会話にもかかわらず、未だに生徒たちの視線はこちらに向けられている。

この会話も今日で何回目だろうか。
何度となく持って来いって言ってるのに持ってこない寿と、
貸さないって言ってるのに貸してあげる優しい私。

でも、今度という今度は絶対に貸さない!もう貸してあげない!
今日こそ絶対!と心に堅く括(くく)る。



「まぁまぁそう言わないでやってくれよ、名前ちゃん」



割り込んできた声に顔を向けると、寿と仲の良い堀田くん。
彼も不良軍団の一人だ。



「堀田くんは寿に甘すぎだよ」

「そうじゃねーよぉ。みっちゃんが不器用すぎるから見てらんないだけさ」

「これは不器用なんじゃなくてただの馬鹿なの」



私が本日二度目の馬鹿を口にすると、うっせーよっ名前!と寿の声が飛んでくる。



「いや、そうじゃなくてさ」

「ん?」

「みっちゃんはキッカケが欲しいだけなんだよ」



…きっかけ?

今の私はまるで意味が分かんないって顔をしているだろう。

それを見た堀田くんが、



「名前ちゃんとはな――」

「おい徳男っ!それ以上喋ったらぶっ飛ばすぞ!」



何かを言いかけた時、寿の声が邪魔をした。
寿は堀田くんの頭を殴って、何なの?と訊く私に何でもねぇよ!って逆切れしてきた。



「はなって何?」

「何でもねぇっつってんだろ!」

「何でもなくないし!はなのきっかけって何!」

「何でもねぇ!忘れろ!」

「いいから言ってよ!気になる」

「だ〜っ!うっせぇよ!」



チラリと堀田くんを見ると床に蹲っていた。

きっと殴られた後にひざ蹴りでもされたんだろう。
意地でも言わない姿勢の寿に、意地でも訊き出したい私は最終手段として取っておいた作戦を口にする。



「言わないともう教科書貸さないよ?」



その途端、ピクリと寿の眉が動く。

しめた…!



「ほら、貸してほしいんでしょ?教えて!」

「……」

「はなのきっかけって何!」

「……―よ」

「え?」



聞き取れなくて首を傾げる私を寿は思いっきり睨んでくる。
それも束の間、柄にもなく真っ赤に染めた頬で、



「話すきっかけだっ馬鹿野郎っ!」



言ったんだから明日も貸せよっ!と言うと、床に這い蹲る堀田くんを置いてとっとと教室を出て行く。

ポカンと口を開けたまま寿の出て行ったところを見ていたら、な、不器用だろ?と堀田くんが痛々しい顔で笑いかけてきた。


あーあ。
やっぱり今日も私の決心は簡単に崩れる。


……しょうがないから、明日も教科書貸してあげるよ、馬鹿野郎!



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