チョコではなくキスを
「ねえ、名前〜!」
「どうしたの?」
「仙道くんの居場所知らない?」
そう尋ねてきたのは、同じクラスの女の子。
そして、彼女の探し人も同じクラスの男の子。
同じクラスの男の子は男の子でも、彼は少し変わっている。
変わっているというか、まあ…モテる。
「…さあ?」
「どこ行っちゃったんだろー。せっかくチョコ作ってきたのに」
唇を尖らせながら残念そうな表情を浮かべた彼女を横目に、私は「またか」と心の中でため息をついた。
チョコ…
そうか。
よく考えたら今日はバレンタインデーなわけで。
どうりで普段よりもたくさんの女の子たちが彼を探しているとわけだ。
でもだからって…
こんなに彼のことを思っている女の子たちが星の数ほどいるのに、知らないふりなんて私も悪い女になったもんだ。
――昼休みの終わりを告げるチャイムが、遠くで鳴った。
私の足は5限目をサボる覚悟を決め、
「…やっぱり、いた」
科学準備室へとやってきた。
埃をかぶったソファの上に寝転び、
その顔には教科書を広げて寝ている、大きな身体。
大きな身体が少し傾いたことで、顔に広げていた教科書が床に落ち、
漆黒の瞳と私の瞳がゆっくりと交差する。
「まなみちゃんが探してたよ」
「あー…」
「今日、バレンタインデーだって」
「知ってる」
伸びてくる右手に吸い寄せられるように、私の身体が彼の腕の中におさまった瞬間――
「でも、チョコはいらない」
「んっ…」
「名前のほうが、甘くておいしい」
重ねられた唇。
彼の甘い吐息は――今日で何回目だろうか。
「その瞳(め)…他の男の前でしないって約束して」
「せんどー、くん」
「男を煽るような、そんな態度、俺以外にしたら許さないよ」
ヤキモチを隠そうとはしない、クラスメイト。
そう、ただのクラスメイトなはずなのに。
…ドキドキしてばっかり。
そして、何度目かわからないキス。
「仙道くんって…」
「ん?」
「…私のこと好きなの?」
「好きだよ」
「…だからキスするの?」
「そうだよ」
「でも、付き合ってないのにキスなんて…」
不純だよ。
そう…言いたかったのに。
「俺、1年で同じクラスだった時からずっと名前のこと好きだったよ。だから――チョコよりも甘いキスと、好きだけじゃ足りない想いを、部活の時間まで身体で教えてあげるね」
思わず見惚れてしまうほど、妖艶な笑みを浮かべた彼から私は目が離せなかった。
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