短編集 | ナノ

かわいい誤解



「名前ちゃん?」


ふと名前を呼ばれて振り返った先には、東京に住んでいた頃の同級生が立っていた。


見上げるほど高い身長に、ツンツンの髪。

ニコリと笑ったその顔は、小学生の頃と変わってない。


「…仙道くん?」

「久しぶり。元気だった?」

「元気だよ!仙道くんは?何でインターハイの会場にいるの?」


そう。ここは、私が昔住んでいた神奈川県でもなく、

今住んでいる秋田県でもなく、

縁もゆかりもない、初めて足を踏み入れた土地――広島県なのだ。


そして、バスケットボール全国高校選手権大会と呼ばれるインターハイが行われている会場に来ていたのだった。


「もしかして仙道くんも出てるとか?」

「はは、それだったらよかったんだけどね。俺が通っている高校は県予選で負けたんだ」

「そうだったんだ…それは――」


残念だったね、と言いかけたその時。

どこからか伸びてきた腕がグイッと強い力で私の身体を引っ張った。


「名前!」

「あ、栄治」

「どこの男かと思ったら、仙道か」

「久しぶり。昔の試合以来か」

「おう。お前の学校が出てなくて残念だよ」

「ああ、負けたんだ。でも、次の試合で山王が当たる湘北は強いぞ」

「どこが相手でも負けねぇ。インターハイ優勝するのは、山王だ」

「ふっ、そうか」


栄治と仙道くんが知り合いだったなんて、びっくり!

確かによく考えたら、バスケットボールっていう共通点があるけど…まさか、広島で会うなんて驚きだ。


ふたりはしばらくインターハイの話をしていた。

が、いつの間にか終わったらしく、栄治は掴んでいた私の腕をなぜかさらに自分のほうへ引き寄せた。


「それより、仙道」

「ん?」

「名前は俺の彼女だ!」

「…おう」

「だから、ナンパすんな!」

「ちょ、栄治!」

「名前も名前だ!確かにこいつはバスケも上手いし、顔もかっこいいけどよ」


…これは完全なる誤解。

と、多分ヤキモチ。

栄治は子供みたいに仙道くんを威嚇していて、これが日本一の高校生かと思うと笑えて来た。

もちろん良い意味で。


だから、私も仙道くんも思わず笑いをこらえられずに吹き出してしまった。


「栄治、こどもだね」

「むっ」

「安心して、仙道くんにナンパなんてされてないよ」

「…ほんとか?」

「挨拶してただけ」

「そ、そうか」

「うん。それに私、自分の彼氏のことで手一杯だから」

「えっと…」

「バスケでは誰よりも強気で負けん気も強いくせに、恋愛になるとすぐ突っ走って誤解しちゃう危なっかしい彼氏なの」

「……」

「仙道くん、そういうわけで今からここにいる彼氏の試合なので。またね」


耳まで真っ赤な栄治もかわいい。


素直で、純粋で、私のことが大好きな栄治のことが――きっと私はこれから先もずっと大好きだ。


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