ビーティング・キング | ナノ
▼ 決断
夏休み明け、学校はインターハイの噂でしばらく持ちきりだった。
海南大は全国のベスト4を上回る準優勝だったとか。
その功績に生徒達が興奮しないわけがなかった。
これを機にバスケ部の評判は更にうなぎ登りになっていって、先生達も大喜びみたい。

……おめでとう、牧くん。

窓際の前から二番目の席の彼の背中に向かって心の中で祝福した。
彼に直接伝えることなんて叶わないから。

あの日、私が『話しかけないで』と彼に懇願した日から、私達は一言も話してない。
たまに目が合うことはあったけど、すぐに逸らされていた。
バスケ部の練習を見に行くことなんて無論ない。

……全部自分で決めたことだからいいの。
これでいいの、間違ってない!


それに……今はもう一つ、別の悩みが渡しの頭を支配していた。



「どうしよ……」



屋上のフェンスに寄り掛かりながら手元の紙切れに苦笑いしか浮かばない。

進路希望用紙、今日までなんだよね。
だけど、全くといっていいほど何を書けばいいのか思い浮かばない。

海南大付属高等学校っていうくらいだから、もちろんエスカレーター式の大学もある。
別にそこでいいじゃん、って言われたら確かにそうなんだけど。
高校と一緒で海南大自体もバスケが有名な大学だからなぁ。
バスケに所縁のない私が海南大に進学してもねぇ。

それに何より……もしかしたら牧くんも進学するかもしれない。
かもしれないっていうか、進学する可能性が高いんだけど。
そうなったらまた毎日顔合わせなきゃいけないし。
さすがに恋心が完全に癒えてない失恋した側からしたら、ちょっと辛いなぁ……なーんて。


この時、深く考えていたせいで屋上に誰かが入って来たことに全く気付かなかった。



「……苗字?」



え……?

持っていた用紙がハラリと手元から落ちる。
予想もしない声に驚きを隠せない。

視界を遮るものがなくなった私の目の前に立っていたのは紛れもない――



「……ま、きくん……」



私の声に牧くんは少しだけ困ったような顔ではにかんだ。



「落ちたぞ」

「……」

「ほら」



落ちた用紙を拾ってくれた彼。



「これ、今日までだろ」

「……」

「まだ決まってないのか?」



牧くんのせいでね、なんて冗談を言う元気もない。

久しぶりにちゃんと顔を見た気がする。
久しぶりに声を聞いた気がする。
久しぶりに話した気がする。

久しぶりに……名前を呼んでもらえた気がするよ。
ねぇ、牧くん…… prev / next

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