ビーティング・キング | ナノ
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私が泣き止むまで神くんは黙ってそばにいてくれた。
そして、ようやく泣き止んだ頃にはすでに5限目が始まった後だった。

……次の英語は昨日牧くんと一緒に勉強した仮定法の範囲だったのにな。
やっぱり昨日の幸せは、続くわけがない夢のような時間だったんだ。



「神くん、ごめんね」

「どうして謝るんです?」

「私の方が年上なのにこんなにみっともない姿見せちゃって……」

「そんなこと気にしないで下さい」

「それに授業も始まっちゃってるし……私気付かなくて、本当に……ごめんね」

「先輩の役に立てたならいいですよ、授業くらい」

「……そっか」

「だから僕のことは平気です」



……優しいな、神くん。
私に気を遣ってくれて。
それにすごく心配してくれているのが伝わってくる。



「苗字先輩」

「……ん?」

「牧さんの好きな人が誰かは僕にもわかりません」

「……うん」

「でも少なくともどうでもいい人をバスケ部の練習に誘ったりしないです、牧さんの場合」

「……」

「牧さんが女の人を、それもベンチに座らせたの……苗字先輩が初めてですよ」



神くんの話が嘘か本当かはわからない。
でも……もし本当だったら……嬉しいな。
もうそれだけで十分だよ。
変に期待はしたくないから、聞けただけで十分。



「優しいね、神くんは」

「そんなことないですよ」

「あるよ。ほぼ初対面の私にここまでよくしてくれて……」

「それは先輩が牧さんの――」

「牧くんはいい仲間に恵まれてるね……彼の人柄そのものを表してるみたい」

「苗字先輩……本当にいいんですか?」

「なにが?」

「誰か他の人に牧さんのこと盗られちゃっても」

「……」

「いいんですか?本当に」

「……それは、」

「……」

「……牧くん次第だから。私が決めることじゃないよ」



どんなにかっこいいことを言ってみても。
どんなに自分の気持ちに嘘をついてみても。

……結局、私には無理なんだ。
ずっとずっと好きで。
誰よりもずっと牧くんのことが大好きで。
……本当は心の奥底では、誰にも盗られたくないって思ってる自分がいる。
私のものにならなくてもいいから、せめて誰のものにもならないで――そんな欲張りな我儘が存在していることに気づいている。

……ばっかみたい。



「先輩の気持ちはその程度なんですね」

「……」

「本当に好きなら誰にも盗られたくないって思うのが普通じゃないですか?」

「……」



思ってる。
思ってるよ!
でもどうしようもないじゃない。
牧くんには他に好きな子がいるんだから。
私の想いは届かないんだから、だから、しょうがないじゃない!



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