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私の顔を見るなり驚いたように目を見開く神くん。自分でも気付かなかった。
彼に指摘されるまで気付かなかったんだ。
「苗字先輩、どうして泣いてるんです……?」
――自分が泣いていることに。
目から涙が溢れているなんて気付かなかったよ。
「な、なんでもない……!」
「そんな顔で言われても説得力ないですよ」
「そ、それは、そうかもしれない、けど、」
「……牧さんと何かあったんですか?」
うっ……痛いところ突くなぁ……
私、嘘つくの下手なのに。
そもそも嘘つくのが下手だからバレちゃってるんだろうけど……
「どうしたんですか?」
「……」
「僕でよければ話しくらいは聞きますよ」
「……」
「それとも言えないことですか?」
「……」
神くんは人目に付く廊下から、私の腕を優しく引きながら校舎脇の方へと移動してくれた。
「言えない、というか、」
「はい」
「大したことじゃないの……全然」
「だったらどうして泣いているんです?」
「……」
「先輩にとっては大したことだから泣いているんじゃないんですか?」
神くんの言う通りだ。
大したことなくなんかない。
だってたったさっき、私は失恋したんだから。
それって私にとっては十分”大したこと”に値してもいいと思う。
「……牧くんが」
「はい」
「告白されてて、それで……」
「はい」
「……好きな人がいる、って断ってたの」
「……」
「その後は何が何だかわかんなくて……走って逃げてきちゃった、元々盗み聞きみたいな感じだったんだけど……」
不可抗力とはいえ、あれは盗み聞きに入るんだろう。
まさかあんなジャストタイミングで遭遇するとは誰が想像できるのか。
「えっと……それで、先輩はなんで泣いているんです?」
遠慮がちに尋ねてくる神くん。
でも彼からしたら当然の疑問だ。
だって私が牧くんのことを好きだって知らないんだから。
「わ、わ、たし……好きなの」
「え?」
「……牧くんのこと」
「そうだったんですか?」
「う、うん……やだな、こんなの誰にも言ったことないのに……恥ずかしい……」
「告白をしてみたらどうですか?」
「し、しないよ!できるわけない!……だって好きな子いるって言ってたし」
「……」
「それに……私にはそんな勇気ないから……」
はあ……自分で言ってて悲しくなってきた。
なんでこんなに意気地なしなんだろう。
好きって言える勇気があればいいのに……今更言ったところで遅いけど……
牧くんに好きになってもらえる子……
私には到底届かないような、きっとすごく雲の上の存在の人なんだろう。
そう思ったらまた涙が溢れてくる。
泣いても泣いても、涙は出続けた。 prev / next