Secret Kiss | ナノ
▼ 綺麗な人
彼女はとても綺麗な人だった。

胸元まで伸びた黒い髪。
整った顔立ち。
白雪のような白い肌。
目を奪われる美貌。

工業高校で女子の数が少ないとはいえ、彼女は間違いなく学校一の美人だ。
それどころか、俺が出会った人の中で一番綺麗な人かもしれない。


――苗字名前さん。


でも、彼女は俺のものにはならない。
なぜなら……、彼女の隣にはすでに別の人がいるからだ。



『稔』

かわいい声は俺の名前ではなく、同じ部活の先輩の名前を呼ぶ。
幸せそうに、満面の笑みとともに。


尊敬する松本さんから彼女を奪いたい、とは思わない。
ただ無性に彼女の笑顔を独り占めしてみたい、と衝動的に駆られることはある。

どんな風にキスをするのか。
どんな風に顔を赤らめるのか。
どんな風に啼くのか。
どんな風に、俺の名前を呼んでくれるのか。


『栄治』

と、透き通った少し高い声で。
笑顔を浮かべて呼んでくれねーかな、と欲張りな妄想をせずにはいられない。



「イテッ」

「さ〜わ〜き〜た〜っ、よそ見してんな!」

「イテテテテッ、痛いっすよ河田さんっ」



思わず名前さんのことを考えてしまっていた。
よりにもよって、部活の練習中に。

ボールが体に当たった後は、お決まりのような河田さんの羽交い締めにあって。
別のことを考えていた俺が確かに悪いけど……!
河田さんの手加減のなさも少々問題ありだ。



「どうせまた女の子のことでも考えてたに決まってるピョン」

「ち、違いますよっ」

「焦ってるのが証拠ピョン」

「……」

「黙るのはもっとわざとらしいピョン」



ピョンピョンピョンピョンって……
この人に考えてること見透かされてるって相当やばいんじゃね……?

でもバスケ部の中で一番侮れないのは、実は深津さんだと俺は思う。
意外としっかりキャプテンとしての役割も果たしてるし……?

……って、またこんなのことを考えてるのがバレたら怒鳴られるに違いがないんだ。



「この前ティーシャツもらってたの見たぞ!」

「アドレス聞かれてるのも知ってるピョン」

「バスケ部始まって以来の二枚目とか呼ばれて調子乗ってんべ!?」



そのうち河田さんと深津さんは俺を放って二人で会話を始める。
内容は俺を責めることばっかりなんだけど。



「……調子になんか乗ってないっすよ」

「嘘つくな!」

「好きな人に好きになってもらえなきゃ、意味ないんっすから」



どんなにかっこいいと褒められても。
どんなに好きだと告白されても。

――自分が好きな人じゃなきゃ意味がない。
名前さんじゃなきゃ……意味がないんだ。




ほら、今日も聞こえてきた。
俺じゃない他の男の名前を嬉しそうに呼ぶ彼女の声が耳に届く――。 prev / next

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