▼ 優しい人
レストランをでて、駐車場に向かうのかと思いきや牧さんはどうやら駐車場には向かっていないらしい。だって、……エレベーターが上行きを指していたから。
牧さんは時折心配の声をかけてくれる。
もう泣いていないのにまた次にいつ泣き出すのかとヒヤヒヤしているのだろうか。
それとも、彼の人柄……かな。
……じゃなかったら、私だってエレベーターに乗り込んだりは、しない。
終始下を向いている私から牧さんの表情は見えない。
ただ、気を遣ってか牧さんがそっと私の手を握ってくれた。
手のひらを伝って伝わってくる彼の温かさや優しさに涙が出そうになったのは私だけの秘密。
いやらしさとかがまるでない、ただただ温かい。
それでいて、すごく安心できる温もり。
牧さんには他の人にはない不思議な力みたいなのがあるような気がした。
……なんて、子供染みた言い訳、かな。
チンッとエレベーターが階を告げる。
静まり返った廊下を歩いて一つの部屋の前で立ち止まった牧さんは、空いている方の手でスーツの胸ポケットに手を入れてカードキーを取り出す。
こんな時でも、握ったてくれている手は離さない。
カードキーが正常に差し込み口に挿さると部屋のドアは静かに解除された。
「水でいいか?」
「……はい」
ソファに座った私に牧さんが尋ねる。
返事をするとコップにお水を入れて持って来てくれた。
「ほら」
「ありがとう、ございます」
「苗字も少し飲み過ぎたんじゃないのか?」
「……ええ、多分。ご迷惑をおかけしてすみません」
「俺は何の迷惑もかけられてないさ」
「でも……すみません」
「気にしなくていい。それより勝手にこんなところまで連れて来てしまって済まない」
「……いえ、」
「さっき抜けた時に予約したんだ。車で来たのについお酒を飲んでしまったもんでな」
車を置いていくわけにもいくまい、と困った顔で話す。
「とりあえず落ち着くまではここにいるといい」
「……でも、悪いです」
「俺がいいと言ってるんだ。苗字は他人に対して気を遣い過ぎるところがあるからもう少し甘えてもいいと思うぞ」
ポンポンッと私の頭を二回優しく撫でる牧さん。
同じ行為なのに仙道くんが彼女にしていたのとはまるで違う。
想いとか、重さとか、仙道くんの行為にはそんなものはこれっぽっちも存在しない。
あるのは、……きっと欲だけ。
「牧さんは優しいですね」
「誰にでも優しくするわけじゃないさ」
「……どんな人に優しくするんですか?」
「さあ?」
「ふふ、そこは内緒なんですね」
「苗字」
「はい?」
「どうでも良い奴に世話役ほど俺は良い奴じゃない」
「……はい」
「傷心に漬け込もうとしている最低な人間だ」
ふっと自嘲的に笑う牧さんの笑顔に胸が痛んだ。 prev / next