君がほしい | ナノ
▼ トリプルルーキー
寿との慰安――じゃなかった、温泉旅行を満喫した私はとても充実した休日を送れた。
月曜日からは現実に戻って仕事の毎日。
またせかせか時間に追われて選手に悩まされるんだろうな。

特に……、


憂鬱な気持ちを抱えながら出社途中、会社のビルの前に人影を見つけた。
腕を組んで長い足をクロスさせて仁王立ちしているツンツン頭は避けては通れない天才ルーキーくん。
今日は朝から来月号の撮影があるから覚悟してたけど。
……何も待ち伏せしなくても。

私の姿に気付いた仙道くんは無表情のまま目の前までやってくる。



「たくさん連絡したんだけど」

「……」

「何で返してくれないの?」

「……」

「黙ってちゃわからない」



……私にはわかる。
仙道くんは今ものすっごく怒ってる。
声がどす黒いし。
目が笑ってないし。



「あの日のレストランのことは謝るよ、ごめん」

「別に謝ってもらう理由なんてないけど」

「あの人は所属チームの監督の娘さんで俺のファンだから一回でいいから一緒に食事をしてほしいって頼まれて断れ切れなかったんだ」

「……」

「名前さんにとってはどうでもいい言い訳かもしれないけど、俺にとって名前さんとのことでどうでもいいことなんてないから」

「……」

「嫌な思いをさせてごめん」



いつもより饒舌な仙道くんはそこまで言うと頭を下げた。
一目も憚(はばか)らずに会社の前での行動にさすがの私も驚いた。



「何度も言ってるけど、名前さんへの想いに嘘はないよ。名前さんが嫌がるなら連絡先も交換しないしご飯も食べに行かない」

「……」

「だから――」



だから……なに?



「……」

「……」



仙道くんは言いかけた言葉を飲み込んで黙ってしまった。
でもなんとなく、聞きたい言葉が聞けないことはわかってた。
彼は一度だって牧さんや寿が口にしたセリフを問いかけてくれたことはないから。

彼の中での葛藤だかプライドかはわからない。
知りたくもない。
けれど、そんな曖昧な言葉では……もう、私たちの関係は続けられないことは明らかだった。



「私も今までずっと関係を濁したままナアナアだったからいけなかったの。仙道くんだけの責任じゃないよ」

「名前さん……」

「だから――」



言葉を止めて深呼吸を繰り返した。
バクバク鳴っている心臓を少しでも鎮めたいんだけどそう簡単には静まってはくれない、か。

もう後戻りはできない。
何度も濁してきたのだから。
今こそ――……ピリオドを打つべきだ。



「終わりにしよう、仙道くん」



さよならしよう、この関係に。
仕事仲間、って枠組みに戻ろう。

じゃないと私……仙道くんのこと、嫌いになっちゃうかもしれないから。 prev / next

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