君がほしい | ナノ
▼ 視えない想い
部長の車に揺られながら約15分。
車内での会話は思ったよりも緊張せずに会社で話すのとあまり変わらなかった。
それは多分、仕事が終わった後だというのに飽きもせずまだ仕事の話をしていたからかもしれない。
……これが職業病ってやつ?
私よりも部長の方が重症なのは一目瞭然だけど。

そのまま走ることさらに5分。
都内でも有名な某ホテルに車は停車した。
そして余った食事券……の指定するレストランは、私なんかには贅沢すぎる高級レストランだった。



「すごい綺麗……!」

「さすが47階からの夜景は違うな」



ライトアップされた夜景に思わずうっとりする。



「クックッ、」

「えっ……何で笑うんですか」

「あまりにも苗字の喜び方が子供だから」

「うっ……」

「ああ、わるい。今の言い方は語弊がある」

「……どんな語弊ですか」

「素直で可愛いって意味だ。だから気を悪くしないでくれ」



素直で……可愛い……!?
私が……!?

まさかの発言にびっくりしている私とは対照的に部長は何もなかったようにさっさと案内された席の方へと行ってしまう。
慌てて後を追ってテーブルに着くと、ウェイターと部長があれやこれやとオーダーを決めているところだった。
こんな高そうなレストランに来慣れない私はお任せで、とただ一言。

まずメニューの横に値段が書いてないだけで恐ろしい。
料理の名前だって難しそうなカタカナ英語ばっかり。
いくら余っお食事権とはいえ……こんな贅沢な食事をしたらバチが当たるんじゃないかと不安にすらなる。
こんなこと思うのって相当な貧乏性!?



「どうした?」

「いえ、ただちょっと慣れていない場所なので。なんだか落ち着きなくてすみません……」

「こちらこそ無理に付き合わせてしまって済まない」

「そんな!部長に謝っていただくなんて恐縮です」

「……苗字、」

「はい」

「この場で、その、”部長”ってのは止めないか?」

「……はい?」

「その呼び方だと仕事モードになってしまうんだ。せっかくの食事も美味しく食べれそうになくてな」



少し言いにくそうに言葉を紡いでいく部長。
困ったように眉毛をへの字に下げているのがちょっとだけおかしかった。



「えっと、じゃあ、……牧さん?」

「ああ、その方がいい」

「ではお言葉に甘えて、”牧さん”と呼ばせていただきます」



そう言うと、嬉しそうに口元を緩めていた。

牧さんはワイングラスを傾ける姿がよく似合う。
次々と運ばれてくる料理を慣れたようにナイフとフォークで進めていくその様子もやはり様になっていた。

まさにザ・大人の男、って呼ぶに相応しい。 prev / next

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