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「バスケットボール、」「ん?」
「どうしてやめちゃったんですか?」
悲しそうな表情。
どこかジェラシーを感じさせるような口調。
見え隠れする羨望の眼差し。
撮影する選手を眺めている時の牧部長は、いつもそんな雰囲気だった。
「……怪我を、したんだ」
「怪我?」
「大学のインカレで試合中にちょっと、な」
「……」
「靭帯を損傷する重傷だったよ。それからドクターストップがかかって、バスケは辞めたんだ」
遠くを見つめる瞳。
それは何年も前の、当時のことを思い出しているんだろうか。
私にとっては遠い昔でも、部長にとっての時間は止まったままなのかもしれない。
……バスケの思い出の時間は。
高校時代は”帝王”なんて呼ばれていて。
神奈川ナンバーワンプレーヤーとまで謳われた選手だ。
そう簡単にバスケットを忘れられるわけがない。
未練を百パーセント全部心の中から消し去るなんて、私が部長の立場でも無理なはずだ。
「……余計なことを聞いてしまってすみません」
「別にいいさ、苗字になら」
私になら、って……
「それに今はこの仕事に誇りを持っている」
「……」
「そりゃたまにアイツ等が羨ましくなる時もあるけど、」
「……」
「自分の人生に後悔はない。バスケット人生も、やるべきことはできるうちに全部やり切ったしな」
「部長は、強いですね」
「ふっ……そう思うか?」
「……え?」
牧部長はそれ以上は答えてくれなかった。
でも十分だった。
私なんかに話してくれただけで、それだけでも十分嬉しかった。
……何ができるってわけじゃないけど。
これからの目標は月刊バスケットボールの人気を今以上に高めること。
それ以上にバスケットボールの浸透度を国内で高めること。
だと、牧部長は言い切った。
その表情は少しだけ何かが吹っ切れたようにも見えた。
「ついていきます、どこまでも!」
「突然なんだ?」
「私、牧部長に最後までついていきますから!」
「お、おう、そうか」
「これからもご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いします!」
目を細めて、ふっと微笑んだ牧部長。
彼は私の尊敬する上司だ。 prev / next