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流川くんは、今日がキスデビューらしい。そしてハマったのか、興味深そうに何度も何度も触れるだけのキスを繰り返す。
どっちかっていうとキスってよりも、唇を合わせてるって描写の方が正しい気がする。
いつもは鋭い鷹の目も、いまはただの好奇に溢れた目だ。
女の子には苦労しなさそうなのにな。
親衛隊とかファンの人数からしても、流川くんがモテるのは明らかだし。
それなのにこれが初めてのキスって……意外かも。
「彼女いないの?」
「いたらこんなことしねー」
「好きな子は?」
「目の前にいる」
「……」
「何回好きだって言えば信じてくれるわけ」
これで、3回目。
流川くんには好きだと言われたのは。
信じてないわけじゃないんだけど……よくわからない、自分の気持ちも彼の気持ちも。
「……まだ先輩のことが好きなのか」
「先輩って……寿のこと?」
流川くんはコクリと小さく頷く。
「もう好きじゃないよ。ただの友達」
「じゃあさっきなに話してた」
「……さっきって?」
「教室で」
「ああ、あれは土曜日の試合の話だよ。流川くんが後半活躍したんだーって寿が教えてくれたの」
「……ふーん」
「それにね、寿だってもう私のことはそんな風に思ってないよ」
「なんでそう言い切れる」
「だって別れを切り出してきたのあっちだもん。友達に戻ろうって提案してきたのもあっち」
それなのにまだ好きっておかしいでしょ?と訊けば流川くんは答えない。
「……もし、」
「ん?」
「向こうが言ってきたらどうすんだ」
「付き合おうって?」
「ん」
「ないない」
「……もしも、の話」
「それは……断るかな」
「……」
「私、バスケをしてる寿が好きだから。いまは純粋にバスケのことだけを考えて頑張ってほしいって、それだけ」
私の言葉に流川くんは難しい表情を浮かべる。
黙り込んだまま、ゆっくりとお互いの顔が離れていく。
ただ何かを考え込んでいた様子で……そんな彼を私は見守るしかなかった。
そしてそのまま時間は過ぎていく。
この時のやりとりを聞いている人間がいたことに、私も流川くんも気付くはずがなかった。 prev / next