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行く手を阻むように立つ流川くんがとんでもないことを言い出したのはなんとなく察した。だってみんなが、え?って顔をしてるし。
寿に至っては「はぁ?」っと素っ頓狂な声を体育館に響き渡らしていたから。
「おい流川、賭けは名前ってどういうことだよ!」
「……勝った方が一緒に帰る」
「はぁ?」
「……」
「お前チャリじゃねーか」
「……おしてく」
「そもそも反対方向だぞ」
「……へいき」
「そこまでして名前と帰りたいのかよ」
流川くんは返事はしなかったけど、寿のことをじっと見つめる。
「おい名前、どうすんだ」
「どうするって言われても……」
チラリと流川くんを見上げると目が合った。
「……」
「……」
「……」
「……一緒に帰る」
「……私と?」
またしても彼は答えない。
その代わりにじっと見つめてくる。
しばらくの沈黙の後、寿がはぁっと盛大なため息をついた。
「わーったよ」
「……あざっす」
「桜木、審判やれ」
「えー俺が!?なんなら俺がミッチーの代わりに流川とワンオンワンを……」
「ばーか。今のお前じゃ流川には勝てねーよ」
寿の言葉に桜木くんはブーブー文句を垂れていた。
帰るタイミングを失った私は再びベンチに座ることになってしまった。
親衛隊やら他の生徒達を体育館から締め出し、バスケ部員と渡しだけが中に残される。
そして、桜木くんの審判の元、寿対流川くんのワンオンワンが始まった。
流川くんがゴールを決め、
寿がゴールを決め、
流川くんがゴールを決め、
寿がゴールを決め、
流川くんがゴールを決め、
寿がゴールを 決め、
お互い一歩も譲らずになかなか決着がつかない。
緊迫した空気の中、誰一人として声は発さない。
響くのは二人の呼吸とボールの音だけ。
時間にしたら一時間以上経っていた。
部員も私も誰一人帰ろうとはせず、二人の戦いを息を飲んで見守っていた。
そして、先に白旗を振ったのは――
「ダメだ、キリがねー」
「……」
「腹も減ったしよ、続きはまた今度だ」
「……」
寿はベンチに戻ってくる。
「名前、着替えてくるから校門で待っとけ」
「寿……」
「それとも流川と帰るか?」
わざとらしくコートの上でこっちを見ている彼を寿は一瞥する。
「……今日は一人で帰るよ」
寿とも流川君とも帰らない。
意を決して荷物を持ってから、私は早々と体育館を出た。
突然賭けをし出したりして私の方がなにがなんだかわかんないっていうのに。
二人とも勝手なんだから。
ムッとしながら夜道を歩いていると、自転車の音が少し控えめに近づいてきたのを背中で感じた。 prev / next