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マカロニグラタン



豚の角煮を初めて食べたあの日以来、遊真はゆきに少しだけ興味を示すようになった。

すれ違えば挨拶をする、くらいの仲が、遊真のアクションにより世間話の一つや二つをする仲になった。ゆきの柔らかな雰囲気と優しい声が、遊真には心地よく感じたのだ。こちらの世界に来てからも日々戦闘、またはその訓練で構成されていた遊真の日常に、ゆきという小休止が挟まれる。

対してゆきも、遊真が以前より自身と関わりを深めてくれていることは感じており、そんな遊真に嬉しさを覚えていた。迅くんが突然連れてきたミステリアスな近界民、というレッテルがペリペリと剥がれ、ごはんを食べる姿がかわいい、意外と話しやすい、といったレッテルに貼り直される。ゆきもまた、遊真に少しずつ心を開いていった。




そんなある日の出来事。

夕焼けが見えるうちに玉狛へ帰宅した遊真は、ふと今日のごはん当番を思い出す。あ、今日ゆきちゃんが当番だ。素早く方向転換した遊真は、飲み物を冷蔵庫へ取りに行くという建前のもとキッチンへと足を運んだ。

キッチンに近づくにつれ、食材を切る軽やかな音が聞こえる。が、その中に混ざる小さな雑音。"それ"の正体に気づいた遊真は息を止めた。いつも通り声をかけて、今日あったことなんかを話して…と頭の中で整理した思考が、真っ白に塗り替えられた。


ゆきは、涙を流していた。


「ゆきちゃん、どうかしたのか。」


ほぼ反射的に声をかけ、自身の声が強張っていることに気づく。多少なりとも動揺したことは認めよう。遊真はすぐに冷静さを取り戻し、キッチンに佇むゆきに近づいた。そして気づく。ゆきの手元にある、まな板と包丁と、茶色く透き通った皮と、白いなにか。まな板の上のそれを数秒見つめて、スッと視線を上にあげる。ゆきはまだメソメソと涙を流していた。


「み、見ないで……恥ずかしい……」


玉ねぎのせいなの…!と白いなにか…もといタマネギを指さすゆきに、張り詰めた空気が一瞬にして解けた。遊真は思わず三の目になった。








「遊真くんすごい、すごいね…!!」

「いやいや、それほどでも」

「いやすごいよ!私、玉ねぎ切るとすぐ涙出ちゃうんだよね。ほんとに助かる…!遊真くん、ありがとう!!」

「イエイエ、たいした実力です。」


すごいすごいと満面の笑みで褒めちぎるゆきの口から、黒い煙はちっとも見えない。露骨に気を良くした遊真は最早"飲み物を冷蔵庫へ取りに行く"という建前を忘れつつあった。建前は所詮建前なので忘れたって別にいいのだが、夕ごはん前のキッチンに突如現れ、ゆきの強敵である玉ねぎを見事みじん切りにした遊真は、さながらヒーローのようであったと後にゆきは語った。この出来事からゆきは遊真のことがさらに好きになったのだが、その事実を遊真が知ることはない。


「遊真くん、切ってくれた玉ねぎ、フライパンに入れてもらってもいいかな?」

「了解。この緑のやつは?」

「ピーマンはもう少しあとで大丈夫だよ。先にタラとマッシュルームと、玉ねぎ軽く炒めちゃうね。」

バターの香ばしい香りがキッチンに広がる。千切りにしたピーマンもフライパンで炒められ、まとめてボウルへと入れられる。ホカホカと湯気をたてるそれに「おぉ…」と声を上げた直後、ピピピッ!!と聞きなれない電子音が鳴り響き、遊真は咄嗟に身構えた。しかしその動作に意味はなく、難なくタイマーを止めたゆきは菜箸で鍋の中をつつく。

遊真はなんだか少し気恥ずかしくなって、「どれどれ」と言って一緒に鍋の中を覗き込んだ。黄色の小さいやつがたくさん、湯の中に沈んでいる。それを一つ菜箸で取ったゆきが、ぱくりと口に入れた。


「よし、ちょっとかたくてイイ感じ。」

「??……カタイのがいいのか?」

「うん!アルデンテって言って、パスタはこれくらいが丁度いいんだよ。」 


話しながらザッと流しに湯を捨て、黄色い食材だけがザルに残されていく。ザルの上でホカホカと湯気をたてる黄色、もといマカロニに遊真が気を取られているうちに、ゆきはフライパンを火にかけ、バターと小麦粉を木べらで炒め始めた。そうしてルゥを作ったゆきは焦げないうちに火を止め、牛乳を少しずつ入れ、ルゥを伸ばしていく。牛乳を含んで少しずつ大きく、柔らかくなっていくそれを、いつのまにか隣で遊真が熱心に見ていた。


「おぉ…どんどんおっきくなっていくぞ…!」


ゆきは遊真がかわいくて仕方がなかった。ホワイトソースを作るだけでこんなにも喜んでくれる15歳男子、ほかにいないだろうな……なんて感心する思考とは裏腹に、ゆきの頭の上ににょきり、小悪魔のツノが生えた。


「このまま破裂しちゃうかも。」


自分で言っといてなんだそりゃ、だなんて思いながらふふ、とつい笑みが溢れた。ポカンとびっくりしているであろう遊真くんに「なーんてね。」と続けるはずだったのだが、その言葉は飲み込まれる。代わりに、くすりと小さく笑う声が聞こえて、露骨に肩を震わせてしまった。


「うそつき。」


ふっと困ったように、微笑ましげに笑う遊真くんの顔なんて、全く想像してなかった。


「あんまり揶揄ってくれるなよ。ゆきちゃん。」


ドッと心臓が拍動を増す。ゆきは自身の顔が熱く火照っているのに気づき、遊真から慌てて目を逸らした。遊真のことを素直でカワイイ子、と信じて疑わなかったゆきには手痛い反撃であった。

ゆきは鍋に牛乳を入れ、黙々とホワイトソース作りを再開した。そのあと、どうやってマカロニグラタンを完成させたのかは、正直覚えていない。








「はーい、遊真くんどうぞ。」

「うおぉ……ぐつぐつしてる…!!」

「火傷しないように気をつけてね。先にスープから食べたほうがいいかも。」

「わかった。イタダキマス。」


助言通りにスープから手をつけ、こくりこくりと飲み込む姿にホッと息を吐く。真冬の夜はよく冷えるから、あったかい汁物は食卓に欠かせない。キャベツとにんじんのコンソメスープを完食し、「んまい」と表情を和らげた遊真くんに、私も表情を和らげた。キッチンで見せた遊真くんの優しい笑みとあまい言葉が、脳裏からずっと離れない。


「さてさて、グラタンがおまちかねですな。」


はっと意識を戻し顔を上げると、サクリと軽やかな音が響く。遊真くんがすぐさまこちらを振り返った。

「サクッていったぞ…!!……うぉ、チーズが……伸びる…!!」

「チーズの上にパン粉をまぶして焼いたんだ。スプーンを入れたときにサクッとなるの、いいよね。」


チーズの下にはマカロニ、バターで炒めた白身魚、マッシュルームにピーマン、そして遊真くんが切ってくれた玉ねぎ。全部がホワイトソースとよく絡んで、チーズの塩気も相まって、美味しく出来上がっているはず。あとは遊真くんのお口に合うかどうかだけだ。



スプーンで掬ったグラタンをふーふーと冷ます遊真くん。ぱくりと口の中に、スプーンが入れられた。


「……遊真くん、どう?」


もぐもぐもぐ、ごくり。遊真くんの反応を、私はドキドキしながら待つのだ。


「…… グラタン、うまいな…!!」


心の中でガッツポーズ。今回も無事「うまい」をいただくことができ、なんとも晴れやかな気持ちになる。あとやっぱり、美味しそうにごはんを食べる遊真くんは、破茶滅茶にかわいいのだ。だから、


(……さっきのは、何かの間違いだよね。)


大人びた優しい表情も、私には甘すぎる言葉も、今の遊真くんとはあまりにもかけ離れていて、私はひとまず、考えることをやめた。


(これから少しずつ、知っていこう。)


「ゆきちゃん、ゴチソウサマでした。」


満足気な遊真くんの笑みに、私も笑顔で返した。

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