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豚の角煮



それはまだ、遊真が玉狛支部に来て間もない頃のお話。





ぷすぷすと焦げて爆発した自身の頭髪を手でほぐす。小南の強烈なメテオラを受けた後、遊真のもさりとした白髪は毎回のように爆発の被害に遭っていた。今日の模擬戦結果、1勝9敗。初対戦時から変わらない結果を省みて不服の表情を浮かべる遊真に、冷や汗をかきながらもニヤリと笑う小南。今回もどうやら、先輩の威厳は保たれたようだ。


「1勝はかたいんだけどな…」
「あたしに2勝もしようだなんて100年早いわよ!」


最早お決まりとも言える小南の決め台詞に、むむむ…と唸り声をあげ眉間にシワを寄せる遊真。そんな2人を微笑ましそうに見つめる影が、ひとつ。


「桐絵ちゃん、遊真くん。もうすぐごはんだよ。」


キッチンからひょっこりと顔を見せる優しげな女性。彼女の名前は一ノ瀬ゆき。迅さんと同い年、らしいが、遊真はこの年上の女性とあまり面識が無かった。対照的に、ゆきの声を聞いた小南がパッと表情を明るくする。小南はどうやら、彼女を大層慕っているらしい。


「はーい!今日はゆきさんが当番なのね、嬉しい!」

「……ゆきちゃんのメシはうまいのか?おれ、初めて食べる。」


キョトリと目を瞬かせる遊真にバッと勢いよく振り返る小南。信じられないとばかりに、大きな瞳が目一杯見開かれた。


「ゆきさんのごはんを食べたことないなんて、人生の半分損してるわよ!!」


遊真の背後に電撃が走る。
人生の……半分……!?それは、だいぶ損ですな……とショックを受ける遊真を見かねて、ゆきから軽くフォローが入る。慰められた遊真はその実、この国の食事を大層気に入っていた。自身が今まで滞在した国の中で、多分一番メシがうまい。一体どんな食事が出てくるのか、遊真は小南の言葉を信用し、少しだけ期待に胸を膨らませた。
 

「そんな大層なものじゃないけど…」


控えめな笑みと一緒にことりと置かれた皿から立ち登る、食欲をそそる香り。茶色く煮詰められた肉と、卵と、それから…?頭にはてなマークを浮かべているうちに、白米やらミソシルやらがテーブルの上に並べられる。


「わ、角煮ね!おいしそう!ゆきさん、いただきまーす!」

「ほう、カクニ… ゆきちゃん、イタダキマス。」


なんだか分からんが、とりあえず食べてみることにした。拙い動作で箸を動かし、ひとまず得体の知れている肉に箸を刺し…てビックリ。スッと肉の繊維に沿って、綺麗に箸が通ったのである。遊真はそのまま肉の塊を箸で掴み、口の中に放り込んだ。もぐもぐと咀嚼し、ゴクリと飲み込む。


「んー!ゆきさん、おいしい!!」

「よかった!……遊真くんはどうかな、お口に合ったかな…?」


ゆきのごはんを食べるのが初めての遊真。ゆきは彼が近界民であることは知っていたため、食の嗜好が異なる可能性などを考え、少しの不安に身を焦がし、恐る恐る遊真に問いかけた。遊真の咀嚼がぴたりと、完全に止まった。


「と……」

「「と??」」


「とろけた…!!!肉が口の中で…!!」


ふおぉぉ…!と感動に震える遊真。そのオーバーリアクションに半ば呆れる小南と、キョトリと目を瞬かせるゆき。キラキラと大きな瞳を輝かせ素直に喜ぶ遊真の姿は、なんとも眩しい。そんな遊真をじっと見つめていたゆきの頬が、ジワジワと桃色に染まる。それに気づく者は今この場には誰もいなかった。


「……遊真くん、角煮食べるの初めて?」

「うん、初めてだ。なぁゆきちゃん、この三角のやつは何?」

「あぁ、大根っていうお野菜だよ。しっかり煮詰めて味をよく染み込ませたから、柔らかくて美味しいよ。」


しっかり煮詰めて…あたりでもう大根を口に頬張っていた遊真の瞳が再び輝く。煮汁をしっかりと吸った大根は噛み締めるたびじゅわりと口の中に広がり、美味しく仕上がっていることだろう。

もぐもぐと何回か咀嚼した大根を飲み込み、ぱっとこちらを振り向く遊真くん。初めて会ったとき、ほんの少しだけ無機質で冷たい印象を与えた大きな瞳が、今は暖かい色を放っている。ニッとかわいらしい笑みを浮かべた遊真くんが、柔らかい声色で話すのだ。


「ゆきちゃんの角煮、うまいな…!!」


ゆきの心臓ど真ん中に、トスリ。矢が刺さる音が聞こえた。一応言っておくが、惚れた晴れたのアレではない。ただ純粋に芽生えた気持ちは、至ってシンプルなもの。


「……遊真くん、こっちの卵も割って食べてみて。違う鍋でゆでて最後に一緒の鍋に合わせたから、火を通しすぎず半熟に仕上がってるのよ。」

「おぉ、ほんとだ…!中、とろとろだな!」


「いっぱい、食べてね。」



にこりとはにかんで伝えた言葉は、紛れもない本心だった。

幸せそうにごはんを食べる遊真くんの姿はとってもかわいくて、私はすぐに遊真くんを好きになった。もぐもぐとごはんを食べる姿が微笑ましい。見ているこちらが嬉しくなるような、気持ちの良い食べっぷりだった。



「「ごちそうさまでした!」」

「お粗末さまでした。」



さて、次は何を作ろうか。緩む口もとをそのままに、私は次の献立を考え始めた。

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