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「#幼馴染」のBL小説を読む
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*一万打企画リクエスト「狙った獲物は逃がさない」の続きになります。↑を見ていただけるとより楽しめると思います。















「わぁっ」

「おっと…あー惜しかったな遊真。しっかり逃げられてら。」

「うー…あと少しだったのに。」


口を尖らせる遊真にカラリと笑う有吾。2人はある日、晩飯用の魚を釣っていた。手慣れた様子で魚を釣っていく有吾に対し、まだまだ魚に逃げられることが多い遊真。餌だけ見事に盗られたことを確認し、肩を落とした。


「今のデカかったなー…もっかい戻ってきてくれないかな。アイツ。」

「無理だな。一度逃した魚はわざわざ帰ってきちゃくれない。あいつだって学習するのさ。…まあゆっくり気長にいこうぜ、遊真。」

「ゆっくり、気長にか…待つのは少しニガテだ。退屈だし。」

「慣れればそうでもねえよ。大事だぜ、待つってのは。」


遊真は隣に顔を向ける。目線は合わない。けれど、口角だけ緩め、ニッと悪戯な顔をした有吾が楽しそうに、饒舌に語るのだ。


「逸る気持ちを抑えて、相手の様子を窺うんだ。じっくり、しっかり見ろよ。勝算が無いときはひたすら受け流すんだ。右に引っ張られれば右に流す。左に引っ張られれば左に流す。そうすればいつか、絶対に疲れが見えてくる。そこが隙、ってやつだな。最初はたくさん泳がせてやれ。そうして最後には……ほら、もうおれのもんだ。」


ぱしゃん。大きな水しぶきが上がった。水に濡れた鱗がキラキラと輝いている。かなりの大物だった。


「…っとまぁこんなもんだ。お?コイツ、さっきおまえが逃したデカいのか?」

「ぽいな。……一度逃した魚は帰ってこないっていったの、ウソじゃん。」

「わはは、まぁそういうこともあるわな。」


ハツラツと笑う親父をジト目で見つめる。やっぱり、親父の言うことはアテにしすぎないようにしようと心に決めた瞬間であった。


















とある日の朝、柔らかな陽が差し込む良い天気に、気が滅入ったとばかりにどんよりと歩く1人の女子高生がいた。さらりと頬をくすぐる程度のほのかな風は髪のセットを崩さず、心地よい気分にしてくれたとしても、前から聞こえる凄まじい音量の声にすぐ表情を強張らせた。


「やべー、バカすぎんだろ」
「ハァ?ふざけんなって」
「もう黙れよお前、マジねぇわ」


乱暴な言葉遣いに自分より1オクターブは低い声色。そしてとにかくデカイ。これらの要素は全て、私にとって恐怖を与えるものでしかなかった。通路は狭く、前を歩く3人組を抜かすこともできない。あと何分かは続く束の間の地獄に、思わずため息を溢した。


私は、生粋の男嫌いである。








「きりえちゃん、おはよう……」
「おはよう。なによアンタ、朝から湿気っちゃって。」
「誰がきのこ栽培キットよ〜〜」
「そ、そこまで言ってないでしょ!!」

もう!とプンスコ怒る彼女は小南桐絵ちゃん。とってもかわゆい私の友達だ。今朝の男子高校生の集団とは違う、鈴の音のような高い声色に、ホッと息をついた。

「桐絵ちゃん、ぎゅってさせて…」
「もう、今度からお金とるからね!!」
「スーーッ………」
「ちょ、ちょっと嗅がないでよ!!やだ!ヘンタイ!!」
「あーッ、行かないで、ごめんなさいぃぃ…!」

ムキャ!と顔を真っ赤にして怒る姿に平謝りしつつも顔がニマニマ緩んでしまう。セクハラ紛いの所業だが、女子特有の触れ合いとして許して欲しい。だって桐絵ちゃん、かわいいんだもの。


「あ、そうだ!あんたに朗報よ。」
「んー??」

「遊真があんたに、会いたいんだって。」
「……えっ。」
「今日学校まで迎えにくるらしいから、あんた待っててあげなさいよ。」
「」
「…ちょっと返事は!?かわいそうだから置いてくんじゃないわよ!?」



桐絵ちゃん、勘違いしないでほしい。これは悲報である。












「あの子ずっと待ってる。誰かの弟かな?」
「やだちっちゃい。かわいい〜」


小さめの背丈にふわふわの白髪、制服を着ているところを見ると、学校が終わってからすぐ来てくれたのかな。ずっと待ってるとか聞こえたけど、なにそれかわいい。健気すぎる。前の私なら走って飛びついて、ふわふわの髪の毛を撫でくりまわしていただろう。そう、前の私だったなら。


(……裏門から帰ろうかな…。)


だけど私は知っている。知ってしまったのだ。彼が小さくて、かわいらしいだけの男の子ではないことを。


「ゆきっ、バイバイ!また明日ね!」

「えっ、あ、バイバイ!」


距離があったにも関わらず大きな声で声をかけてくれた1人の友人。返事をするために振り返って、視線を元に戻した。ギクリと身体が強張る。赤い瞳が一閃、私を見つめていた。


「ひっ、」


にこにこと人懐っこい笑顔で小さな手をふりふり。その愛くるしさに、たちまち私のハートに矢が刺さった。が、慌ててその矢を引っこ抜く。彼にはもう騙されないと決めたのだ。いくら身長が低くたって、見た目が可愛くたってダメだ。彼はちゃんと"男"なのだから。ほら、焦る私なんて気にも止めない。彼の口元が緩やかに弧を描く。なんとも不敵な笑みだった。


「見つけた。ゆきちゃん。」


決定。今日は裏門から帰宅します。














「離してよぉ……」
「逃げないならいいよ。」
「逃げない!」
「はい、ウソ。」
「もう!そのサイドエフェクトずるい!!」
「サイドエフェクトなんか無くても、今のはわかるぞ。」


サッパリとした笑みを浮かべる遊真くんをジト目で見下ろす。私の左手と遊真くんの右手はぎゅっと、仲睦まじく結ばれていた。あの後3秒で捕まった私に人権など無く、さながら気分は捕虜であった。以前玉狛支部で見た某神の国の捕虜を思い出す。あのときは短く叫んで逃げてしまったが、記憶の中の映像では確かたい焼きを食べていた。今ごろ疑問に思う。なぜだ。



「たい焼き…」
「ん?ゆきちゃんたい焼き食べたいのか?」
「あ、特にそういうわけでは…」
「ふむ?……いかん、おれのほうが腹が減ってきたぞ。」


ぐう、と隣からかわいらしいお腹の音が聞こえてきた。両手でお腹を押さえ困った顔をする遊真くんに、口元をギュッと固く結んだ。かわいいなんて思ってない、かわいいなんて思ってないからね…!!!プルプルと震える振動が繋がれた手から伝わっていないことをひたすらに祈った。

お腹が空いたのなら玉狛支部に帰ったらどうかな?と提案したかったが、それだけじゃあダメだ。彼の目的は"私との模擬戦"なのだから、一緒に帰って玉狛で模擬戦をするハメになるだろう。場所が本部から玉狛になっただけである。桐絵ちゃんも助けてくれないだろうし…。
悶々と思考を巡らせていると、くいっと左手が小さく引っ張られる。咄嗟に隣を見下ろすと、まんまる大きな瞳とぱちり、目が合った。


「ゆきちゃん、おれと一緒にたい焼き食べない?」
「食べます。」


思考は飛び散った。何はともあれ、私は空閑遊真という男の子に破茶滅茶に弱かった。


















「んまい。」
「遊真くんはおなかにかぶりつく派かぁ」
「ゆきちゃんは?」
「尻尾から、かな。私の周りは頭から食べる子が多いよ。」
「ほうほう、頭に尻尾に腹…ここにもいろんな派閥が…」


そう言って一口かじったたい焼きを感慨深そうにまじまじと見る遊真くんは、抜群にかわいい。もう否定するのは諦めた。遊真くんはとってもかわいいです。以上。遊真くんのたい焼きからはぎっしりと詰められたあんこが見え隠れしていた。


「ゆきちゃんのたい焼き、おれのと違うな。どんな味だ?」
「私のはカスタードだよ。一口食べる?」
「おっ。イタダキマス。」
「おなかのところどうぞ。」


きっとあんこみたいにいっぱいクリームが入っているだろうから、美味しいと思う。口に合えばいいけど…。そんなことを思っているうちにぱくり、私のたい焼きのお腹にも穴が空いていた。「ふおお、んまいな!」と感動の声が聞こえてきてもうダメだった。思わず口元が緩んでしまう。こんなの、かわいすぎるでしょう。

気づけば大分遊真くんにほだされている私。帰り道に仲良く手をつないで、一緒にたい焼きをほおばって、笑い合う。ありふれた光景に数えられるワンシーンが、自分には到底信じられないことのため驚いてしまう。本当に不思議な男の子だ。するりと相手の懐に入って、あっというまに警戒を解いてしまうのだから。遊真くんが齧りついたたい焼きを見つめる。もったりとしたクリーム色がちらちらと見え隠れしていた。


「このたい焼き、トリオン体だったら緊急脱出寸前だね。」
「おお、土手っ腹にデカイの食らってるからな。」
「……遊真くんって、すごい。」
「ん?どうしたんだ、いきなり。」


遊真くんが不思議そうに首を傾げる。そんな彼にふふっと笑い返した。


「私、男の子苦手なんだ。」
「うん、知ってる。こなみ先輩から聞いたよ。」
「なのに遊真くんとは普通におしゃべりできてるから、遊真くんすごいなって。」


そう伝えるとふむ、と何かを考え始めた遊真くん。今度は私が首を傾げた。


「?…私、へんなこと言った?」
「いや……そうだな。さっき、このたい焼きがトリオン体だったらって話、したよな。」
「うん。」
「まだ、仕留め切れてないんだ。」
「うん…?」


大きな赤い瞳は、真っ直ぐに私のたい焼きを見つめている。ぽつり、ぽつりと遊真くんが呟く。


「確かにこれだけ穴が空いてればトリオンはだいぶ漏れてるし、もうすぐ緊急脱出寸前かもな。…けど、傷を塞いで逃げることも出来るし、目立つ傷を逆手に取って反撃もできる。」

「ゆ、遊真くん…?」


「まだ、落としきれてない。」


ゆっくりと、遊真くんの目線が私の身体をなぞる。手元から腹、胸、首を辿ってぱちり。目線が交わった。唇をしっかりと結んでにんまり。口角だけあげる笑い方は、全く持って年相応ではない。私を見つめる赤がやけに甘く感じて、この顔で見つめられると私はつい閉口してしまうのだ。
 

「おれの手腕を褒めるのは、おれが獲物を仕留めてからにしてくれると、うれしい。」


ドッ、と身体が熱く火照るのが、嫌でも分かった。
え、これは一体なんの話?たい焼きの話か、戦闘の話か、そうじゃなければなんだと言うのだ。この甘さを含んだ台詞に、私はどんな理由をつければいいの?


「ゆ、遊真くん、わかった、もぎせん、模擬戦しに行こう。」
「ん?なんでいきなり模擬戦の話になるんだ?」
「だ、だって遊真くんが、遊真くんがヘンなこと言うから、元を正せば私が模擬戦からずっと逃げてたせいで、」
「ヘン、とは心外な。というかそもそも、今日は模擬戦しようなんて思ってなかったぞ。」

「えっ。」
「うん?」


てんてんてん、まる。盛大に空気が固まる音がした。確かに、「本部に行こう」とか「模擬戦しよう」とか、そういった台詞を今日、一度も聞いていなかったことに気づく。というか、寄り道したこともあるが、歩いてる方向が本部とは全く違うことに今さら気づく。玉狛支部も然り。


「じゃ、じゃあ…」
「ん?」
「コレ、なに?」


帰り道に仲良く手をつないで、一緒にたい焼きをほおばって、笑い合っている。今のこの状況は一体なんだというのだろう。私が答えを出す前に、目の前の男が答えを紡いだ。



「デート以外に、なにがあるんだ?」



違ったのか?と問いかける遊真くんにとうとう何も言うことが出来なかった。顔が熱い。いつのまにか繋がれた左手も熱い。何も知らずに笑っていた愚かな私は、きっといつか、たい焼きのようにぱくりと一瞬で食べられてしまうのだろう。いや、きっともう既にどこもかしこも齧られて、遊真くんの言う通り落とされるのを待つしかないのかもしれない。

熱くて火がつきそうな左手をもぞもぞと動かす。と、先程よりも少し強めに左手を握られた。絶対に逃がさないという強い意志を感じ、瞬く間に手を動かすのをやめる。


微かに笑う息の音だけが、静かに耳に響いた。







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