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*生理ネタです。苦手でない方のみご覧ください。









「ゆきちゃんケガしたのか?血がついてる。」


それは突然の出来事だった。

遊真くんの言葉に思わず立ち止まり、首を傾げる。今日は栞ちゃんと桐絵ちゃんと、ショッピングに出かけていただけだから、血が出るようなケガには全く覚えがなかった。

隣を歩いていた栞ちゃん、桐絵ちゃんが数秒遅れて目を見開いた。いち早く動いた栞ちゃんが自身のジャケットを脱ぎ、慌てて私の腰に巻く。それをただただ、ポカンと見つめていた。「バカ!バカ!デリカシーない!!」と遊真くんの頭をポカポカ殴る小南ちゃんに、心配そうな顔をしてくる栞ちゃん、それを見てようやく事態を察する。一瞬で顔が赤く火照るのが分かった。


「おれは、何かシツレイなことをしてしまったようですな……ゆきちゃん、ごめんなさい。」



ちいちゃな身体をさらに縮こませ土下座をかます遊真くんを見下ろす。後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。あぁ、目眩がしそう。正直泣きたくなってしまった。だって大好きな遊真くんに、土下座なんてさせてしまった。

遊真くんの発言は確かにアレだったけど、でも悪気がなかったことなんて知ってる。気づかなかった私にも非はあるだろうに、遊真くんが100%悪いことになっている現状が申し訳なくて、そして恥ずかしくて。何を言えばいいのか、分からなくなってしまった。


「あ、の……ゆうまくん、わるくないから、」


へらりと浮かべた笑みは、それはそれは酷いものだったのだろう。目が合った瞬間、遊真くんは珍しく冷や汗をかきはじめた。栞ちゃんがオロオロとしだし、小南ちゃんは再び遊真くんをポカポカと殴る。

大丈夫、とは言えなかった。つまらない、すぐにでもばれてしまうようなウソはつきたくなくて、たったのこれだけしか話せなかった私は、自己嫌悪で私が嫌いになりそうだった。


こんな情けなくて恥ずかしい姿を見せたくなかったとショックを受けるくらいには、私は遊真くんのことが大好きだったのだ。
















「ゆきちゃんケガしたのか?血がついてる。」


最初は純粋な心配だった。
そしたら慌てたしおりちゃんはゆきちゃんの手当てをするでもなく自分のジャケットでなぜか血を隠すし、こなみ先輩には殴られた。ふむ、わけがわからん。一体どういうことだとゆきちゃんを見上げると、顔を赤く染め、絶句している。ここでおれはようやく、自分が何か良くないことを言ってしまったのだと悟った。


ゆきちゃんはおれに、とんでもなく優しい人間だ。おれにというと語弊があるかもしれない。オサムにも、チカにもヒュースにも、玉狛のみんなにも本部のやつらにも、みんなに優しい。でもやっぱり、なんとなくおれにはトクベツ優しくてあまい気がして、きっとゆきちゃんを悲しませるヤツがいたらおれはソイツを許せないだろうなと思うくらいには、おれはゆきちゃんが大好きだった。だからゆきちゃんの服に血がついてるのを見たときは、少し肝が冷えたのだ。本当に、悪気は無かった。


でもゆきちゃんが困ってる。しおりちゃんも困ってるし、こなみ先輩に至ってはすごく怒っている。これだけで、おれが何か問題発言をしてしまったことはすぐに察した。ぶっちゃけ何が悪かったのかは全くわからんが、相手はゆきちゃんだ。深く考えなくても謝罪の言葉はするりと出てきた。

これでもし相手がA級5位部隊のエースと呼ばれる優秀な女性隊員だったとしたら、遊真は絶対に謝らなかった。彼にはそういうちゃっかりとしたところがあった。そもそも彼女にこんな失言をしようものなら、今ごろ遊真は海の藻屑となっていたことだろう。


だが、問題はここからだった。遊真は謝罪した。ゆきに許してもらうために謝罪をした、が、正直ゆきが遊真を許さないという考えは微塵も思いつかなかった。理由?だって、ゆきちゃんだから。これは別に舐めてるとかではなく、いつもニコニコと優しく、怒ることを知らないといった様子のゆきが、日頃からかわいいかわいいと愛でている遊真に目クジラを立てるとは思わなかったからだ。多分、100人に聞いても100人同じ解答をする。一ノ瀬ゆきは、そういう人間だと。それは今ゆきを必死に慰め庇っている栞や小南もそうだった。遊真が素直に謝り、ゆきが笑って許す。そうなると信じて疑いもしなかった。



「あ、の……ゆうまくん、わるくないから、」



歪な笑みでへらりと痛々しく笑うゆきに、3人は見事に硬直した。遊真は自身の相棒のように珍しく冷や汗をかくし、栞はオロオロとするし、小南は再び遊真をポカポカ殴った。思い込みの"大丈夫"という言葉が、脳裏で音を立てて崩壊していく。

ゆきのこんな表情を、遊真は初めて目撃した。だってゆきちゃんはいつも、自分の前で幸せそうにかわいらしく笑っていたから。そのゆきが、自分の一言で傷ついて、それでもなお遊真の失言を許そうとしてくれている。言葉が少ないのは、きっとおれのサイドエフェクトにひっかかってしまうから。ゆきがそういう気遣いが出来ることを遊真は知っていた。そして、ショックを受ける。


ゆきは、遊真を許す言葉を発することができない。

つまり、遊真が発した言葉による傷は、それほどまでに深いということの証明であった。



(……"おれ"が、ゆきちゃんを悲しませたのか…)



自分は優しいゆきを守る側なのだと信じて疑わなかった遊真には、かなり堪える事件となった。






















「……うぅ、なんでこんなことに……」


今年でもう17歳。予測していた周期よりも少し早く来てしまったことはもう分かっていた。しょうがない、そういうときもある。けれどまだ高校生。好きな人の前で醜態を晒してしまったことに、ゆきはかなり落ち込んでいた。しかしそれ以上に遊真の申し訳なさそうな表情が忘れられない。彼は常識知らずではあるが、礼儀知らずではない。優しい心もたっぷりと持っている。そんな彼を一方的に悪者にしてしまったことが、ゆきの心を重たくした。


正直あんな失態、軽く笑い飛ばしてほしいくらいだったと思わないこともないが、内容も内容であったし、遊真くんが今後ほかの女の子にそういう対応をしてしまったらと考えると、やっぱり軽視するのも、とも考える。私も遊真くんも、どちらも別に悪くはなかったのだ。今後のためにも、栞ちゃん、桐絵ちゃんの対応や自分の過剰な反応はある意味間違ってはいなかったのかもしれないと、苦笑いを浮かべる。


「みんなに迷惑、かけちゃったなぁ…」


あの後、頭が混乱したことや"初日"ということで、なし崩しのように体調を崩してしまった私は今、玉狛の自室で横になって休んでいた。栞ちゃんと桐絵ちゃんが心配そうに薬とゆたんぽを用意してくれたのでお礼を言いつつ、それとなく遊真くんの様子を伺うと「あたしがコテンパンにしてやったわ!」と胸を張る桐絵ちゃんに軽く白目を剥きそうになった。どう考えても、私の仇討ちである。今回ばかりは玉狛女性陣(桐絵ちゃん)の優しさに顔面蒼白となったが、終わったことは仕方がない。慌てて自分が怒っていたわけではないことと、ひたすら混乱していたこと、そして遊真くんと仲直り(?)したいことを伝えた。栞ちゃんは事の成り行きを理解してくれたが、桐絵ちゃんは不服そうであった。私の気持ちを汲んでくれる優しい栞ちゃんも、私のために怒ってくれる優しい桐絵ちゃんも、どちらも大好きな人達だと改めて感じた。


「ちゃんとあたたかくして寝るのよ!」

「じゃあゆきちゃん、夕ごはんのときにまた声かけるね。」


手を振って2人を見送る。パタンと扉が閉められた。
桐絵ちゃんが被せてくれた布団に包まれながら、静かに目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、白髪の小さな少年だった。そうして数分が過ぎた。






こんこん。


随分控えめなノック音だった。もしかして、と思いつつ「はあい、」と気の抜けた返事をする。一呼吸おいて聞こえてきた声は、想像通りだった。




「…… ゆきちゃん、」

「…!!遊真くん!」

「入っても、いいか?」

「ど、どうぞ!」


恐る恐る、といった様子の遊真くんに内心驚きが隠せない。いつもの飄々とした姿は鳴りを潜め、すっかりと大人しくなっている。桐絵ちゃんの教育(物理)は随分行き届いたらしい。ゆきは良心が傷んだ。ついでに腹部もズキズキと痛い。でもゆきは遊真のことが大好きなため、この状況では腹部の痛みはついでであった。


しゅん、と見るからに肩を落としている遊真はなんともしおらしく可愛い…と思ってしまった脳内の自分を弾き飛ばし、なんとか彼を慰めねばとベッドから起きあがろうとした瞬間、ビリっと腹部に刺すような痛みが走る。ベッドに再びダイブし、お腹をかかえ蹲った。不覚。遊真くんがこんなに近くにいるのに…っ、ゆきは別の意味で涙が出そうだった。


「…っつぅ、」

「ゆきちゃん!!」


ベッドに駆け寄り、小さな手で心配そうに頭を撫でてくれる遊真くんは控えめに言ってただの天使だった。ゆきの生理痛は短時間だが痛みは人並み以上、といった風なので少し耐えれば痛みは次第に和らいでいくが、それを知らない遊真はひたすらに焦る。


「大丈夫、大丈夫だよ、遊真くん。」

「ほんとうか?ウソ、ついてないか?」

「…ふふ、遊真くんならすぐわかるでしょ?」


遊真くんが頭撫でてくれたから、平気。そう答えると、遊真はゆきのお腹を毛布越しにぽんぽんと優しく触れた。普段、遊真はあまりスキンシップが激しいタイプではないため、内心びっくりする。これは相当、先の出来事がトラウマになってないか…?と冷や汗をかくが、遊真は至って真剣だった。


「栞ちゃんとこなみ先輩が、いろいろと教えてくれました。」

「そっか。」

「もう、同じ失敗はしないぞ。」

「……遊真くんは、大人だね。」


遊真くんが目を見開く。心配しただけなのに怒られたって、もっとへそ曲げたっていいくらいなのに、驚くくらい柔軟に人の意見を聞き入れるのだ。それは、間違いなく遊真くんの長所で、彼の魅力的な部分だった。


「……おれが大人なんじゃなくって、ゆきちゃんが優しいから。」

「うん…?」


「ゆきちゃんに、嫌われたくないんだ。」

「……えっ、」

「もう絶対にイヤな思い、させないからな。」

 
ゆきちゃんの悲しそうな顔はもう見たくない…軽くトラウマだ…と震える遊真くんを、真っ直ぐ見つめることができない。熱でも出たのだろうか。顔が、身体が、燃えるように熱い。




「…ゆきちゃんが元気になったら、一緒にケーキ、食べに行こうぜ。前にゆきちゃんが美味しいって言ってたタルトのやつ、おれがごちそうシマス。」

「えっ、突然どうしたの?」


あからさまなご機嫌取りに、もしかして、まだ怒っていると思われているのだろうか、と真意を探ると、目線を斜め下に落とした遊真くんが自信なさげに呟く。桐絵ちゃんに「女の子にあんなこと言うなんて、あんた絶対嫌われたわよ。」と言われたことが大層ショックだったらしい。思わずもう一度白目を剥きかけた。切れ味が鋭すぎる一撃である。さすが桐絵ちゃん。弟子の教育に中々容赦がない。思わず笑ってしまった。そんなことないよ。と笑う私の口元をじっと見つめる遊真くんに、また笑ってしまった。


家庭を持っている男の人は、何かやましいことがあると、家で待っている奥さんにスイーツを買って、ご機嫌取りをすることがあるらしい。ふとそんなことを思い出し、笑みを深める。遊真くんにご機嫌取りされて、許してあげない女性っているのかな。たぶんいないだろうなぁ。こう思った時点で、私はもう目の前の少年には一生敵わないこと悟った。



「わかった。じゃあ、遊真くんのケーキは私が奢るね。」

「む……」

「やった。遊真くんとのケーキ、すごく楽しみ!」

「!……あぁ、おれも楽しみだ。」



大きく真っ赤な瞳が私を捉え、あまくとろけた。
その赤は眩しくて、艶やかで、私にはケーキよりも、うんと甘く感じるのだ。


「はやく、治らないかな。」



あぁ待ち遠しい。明日かな、明後日かな。
笑顔という化粧を施して、早く彼の隣に並びたい。





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