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「遊真くんって、落ち込むこととかあるの?」

脈絡の無い質問に、遊真は大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。そして数秒、思考する。

「最近はあんまり無いな。落ち込む暇があったら次のこと考えてるかも」

「そっかぁ、切り替えが早いところは遊真くんの長所だよね」

「そう?ありがと」

「いえいえ」

にっこり笑った彼女、ゆきは遊真の友人だ。中学校のクラスメイトで同じボーダー隊員。自然と話す機会も多く、今もランク戦ブースで競い合ったばかりだ。ちょっとひと休み、とブースを離れ自販機に向かった遊真と再会し、今に至る。

「なに?なんか悩みごとでもあるのか?」

駆け引きという文字が自身の辞書に載っていない遊真は率直に尋ねる。ふと隣を見て、見えたのは彼女の曖昧な笑みだった。

「ううん、そういうわけじゃなくて……」

「うん?」

「……ごめん!変なこと聞いちゃった。大丈夫、ありがとう!」

黒い煙の奥で彼女のまるい瞳が揺れている。少しだけ開いた口から"悩みごと"が吐き出されることもなく、大袈裟な程の笑みを作りお礼の言葉を述べた彼女はパタパタと軽い足音を立てて去っていく。その後ろ姿を無意識に見送っていたが、足音がピタリと止んだ。くるりと振り返る。にっこり笑った彼女が大きく手を振った。

「遊真くん!また模擬戦しようね!」

「うん。またね」

そのまま走り去っていく彼女。やっぱり遊真は、その後ろ姿を無意識に見送っていた。


■■


翌日、今日もボーダー本部に訪れたゆきは自己研鑽に励む。一息つくために向かったロビーで、聞き慣れた声が響いた。

「ゆきちゃん、いたいた」

「遊真くん!昨日ぶり」

軽く片手を上げた遊真くんが笑顔で近づいてくる。小脇に紙袋を抱えながら上機嫌に、座る私の隣を陣取った。

「たい焼き買ってきたんだ。食べるか?」

「えっ、あ、ありがとう……!」

「食べるか?」の返事を聞く前にたい焼きをひとつ手渡した遊真くん。とっさに受け取りお礼を伝えると、優しく笑ってくれたから多分これで正解。少しの罪悪感が遊真くんの笑顔でふわりと溶けていった。

「こしあんかつぶあんか、悩みました」

「わかる。私どっちも好きだよ」

「そっか、よかった。おれは結構つぶあんが好き」

お腹からガブ!と豪快にかぶりついた遊真くんに口元が緩む。なんとなく私も真似してみたくなって、遊真くんを見習いガブ!とお腹にかぶりついてみた。ぎっしり詰まったあんこが口の中に広がる。甘くておいしい。思わず笑みを溢すと、それに気づいた遊真くんが満足そうに笑った。その笑顔がとっても優しくて、私はなんだか恥ずかしくなる。

「うまいな」

「うん、おいしい。遊真くんありがとう」

「いいよ、おれのためだし」

ペロリと親指を舐めた遊真くんはなんてことないように呟く。「えっ」と小さく漏れた声は聞こえていなかったようで、包み紙をクシャクシャに丸める彼をポカンと見つめる時間が生まれた。ようやく私の視線に気づいた遊真くんは、ニコッとあどけなく笑う。その表情に見惚れてしまい、つい何も言うことができなかった。

呆けていると、不意に遊真くんが「ついてる」と言って私の唇の、ほんのちょこっと横を指で拭った。ペロリと舐めて「あまい」と呟く。私は頭が真っ白になった。

「あれ」

顔、まっかだぞ。キョトンと目を丸くして首を傾げた彼に、私は目線を逸らし俯いた。


■■


ゆきは困惑した。あの日、たい焼きをくれた遊真くん。彼の思いがけぬプレゼントはあれだけに止まらなかったのだ。それはお菓子であったり、飲み物であったりがほとんどだが、一度だけ花を渡されたときもあった。さすがに戸惑いが顔に出過ぎてしまい「あれ?」と不思議そうな顔をした遊真くんは次の日からまた食べ物を持ってくるようになった。

「ゆ、遊真くん!」

「おっ、どうしたゆきちゃん」

あまりに不思議な現状を放っておくこともできず、私は遊真くんに聞いてみることにした。私にはとても見当がつかなかった。

「なんで私に食べ物くれるの……?」

「べつに食べ物じゃなくてもいいけど」

「いや、そういうことじゃなくて……」

私の困惑を感じとった遊真くんが軽く悩む動作をする。私はそれをドキドキしながら見守った。

「ほかに思いつかなかったからな」

「え」

「ゆきちゃんが元気になる方法」

頭の中のモヤモヤが一瞬にして晴れる。思い当たる節がひとつだけあった。遊真くんに突拍子のない質問をしたあの日、鋭く切り込んできた彼にたじろぎ、曖昧に誤魔化して逃げてきたのだ。そのことを思い出し、ブワリと罪悪感が胸の内に広がった。気を、使わせてしまったのだ。

「あ、あのね、わたし……」

言ったほうがいいんだろうか、言わないほうがいいんだろうか。話し始めた言葉はすぐに止まり、静寂が訪れる。落ち込んだ気持ちの裏側で、弱音を吐きたくない、まだ頑張れる。そう思う気持ちが確かにあった。遊真くんはそんな曖昧な態度をとる私を一瞥して……優しく笑った。

「いいよ、無理に話さなくて。根掘り葉掘り事情を聞きたいわけじゃない」

思わず目を見開く。大きな瞳をゆるりと細め、にんまり笑った遊真くんは一歩、私との距離を縮める。真っ直ぐ私を見つめる視線から逃れることはできず、後ずさることもできなかった。

「笑った顔が見たかったんだ」

「えっ」

「おまえの笑った顔、おれ好きだよ」

カアッと顔が熱くなる。飾らない言葉は紛れもない本心で、あんまり素直に伝えるものだから茶化すことすらできない。ただ「遊真くんは私の笑顔が好き」という照れくさい情報が私の頭にインプットされた。

顔が、身体がどうしようもなく熱い。

「だから全部、おれのため」

スッと腕が頭上に伸ばされ、遊真くんの手が私の髪を柔らかく撫でる。宝物に触れるような手つきに、じわりと目頭が熱くなった。こんなにも優しいわがままを、ゆきは生まれて初めて体験した。

「ゆきちゃん、今日はアイス食べに行こうぜ」

「……うん」

火照った顔と身体を冷やすにはちょうど良い。遊真のことで頭の中がいっぱいになったゆきは、軽やかな足どりで遊真の隣を歩いた。







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