×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


0日目


城塞国家カルワリア、現在スピンテールの侵攻を受けており、戦争中の国の一つに挙げられる。
終戦にはまだ程遠い状態であり、国民の疲弊、困窮が続く中、ここ最近の戦況は朗報がよく聞こえ、城内も城下町も口にこそ出さないがどこか嬉々とした様子が見られた。

常備しておくべき緊張感とは別に、穏やかな空気が国中に流れ始める中、一人の少年は、ただ空を見つめていた。



カツ、カツ、と無機質な音が徐々に大きく鳴り響く。

その音は少年のすぐそばで鳴り止んだ。


「ユーマ、時間だ。」

「了解。」


カツ、カツ、と無機質な音が、再び規則正しいリズムで城内の一角に響きを残す。


その隣を歩く少年からは、一切の音がしなかった。













「くれぐれも失礼の無いようにな。」

「大丈夫だって。…昔の知り合いだから、向こうもおれのこと分かってるよ。」

「…そうか。では、頼んだぞ。ユーマ。」

「はいはい。」

来た道を戻っていく男の姿が見えなくなったところでドアを軽くノックする。「はい。どうぞ。」と聞こえたソプラノの声に、ふと口元を緩めた。


「失礼します。」

「…失礼、します……?」

「レプリカ。」

[周囲に人の気配は無い。あまり周りを気にする必要は無いぞ。ユーマ。]

「それを早く言ってくれよ。初っ端から恥かいたじゃん。」

「…ユーマ、敬語使えたのね…。」

「安心しろ。もう絶対使わん。」


顔を見合わせて数秒、2人同時に笑い始めた。
レプリカも姿こそ表さないが、愉快に思っていることだろう。


「おれを護衛に指名するなんてずいぶん無茶してくれるじゃん。…そんなにおれに会いたかったのか?」

「それはもう会いたかったわよ。誰かさんが8年も会いに来てくれなかったから。」

少し拗ねたような口調だったので咄嗟に「すまんすまん」と簡素な謝罪をするが、ジト目で見られため息を吐かれてしまった。なんだか形勢が悪くなってきたためそれとなく話の話題を変えてみる。

「相変わらずおてんばなとこは変わらないな。でも、あんまり危ないことはしちゃダメだぞ。護衛対象が護衛前日に死ぬなんて、笑い話にもならないからな。」

「…しないわよ。ユーマに会いたかっただけだから。」

「……そうだったのか。」


8年前のことを思い出す。全てを思い出すことは出来ないが、あの頃はまだ剣を握り始めて間もなく、随分親父に扱かれたものだ。

そうだった。あのときからいつも会いに来てくれていたのは、彼女の方からであった。所作や言葉遣いが綺麗になって、見目麗しく変貌しても彼女の本質は変わっていないように思えた。

自分は、どうだろうか。彼女の目に、どう映っているだろうか。そんなことをふと考えながら、未だ口を尖らせる彼女に笑みを浮かべる。


8年も経った彼女の身長は、おれの身長をゆうに越していた。


















(……私が知っている、空閑遊真だ。)

父親譲りの黒髪は、通常遊真の年齢であれば考えもしない、寿命の存在を匂わせるふわふわの白髪になっていた。

ふと視線を下に向けると、存在感を示す黒い指輪。死してなお、1人の息子を守ろうとする彼の偉大な父親の意志が反映され、見事に彼の命綱が完成されている。


「貴方を護衛にだなんて、無理を言ってごめんね。ユーマ。」

「ほんとうに難題だったと思うぞ。……知ってるだろ?今おれ、黒トリガー使いなんだ。今は戦況が安定してるからこうして護衛任務に就けるけど、また敵が攻めてきたらユキちゃんの護衛は変更されるからな。」

「……ね、ユーマ。なんで私がユーマを護衛に指名したかわかる?」

「?……おれのことを知っていたからだろ?得体の知れないヤツより、少しでも見知ったヤツの方がユキちゃんも当主さまも気が楽だろ。」

「まあ、間違ってはいないんだけど……あのね、ユーマ。護衛任務に就いてもらう1週間、私とこの国を、町を探索してほしいの。せっかく登城してきたのに、城内だけで貴重な1週間を過ごすだなんて、ごめんだわ。」

「… まーたそういうこと言い出す。当主さまも卒倒するな。こりゃ。」

「…やっぱり、だめ?」

「いや?おれはそっちのが楽しいからいいよ。今は戦況もかなりイイから城下町も活気があるし、見てて楽しいんじゃない?ま、治安は良いとも悪いとも言えないから、絶対に付き人は必須だろうけど。」

「いいの?ユーマには必要以上に迷惑をかけるわ。」

「そっちが言い出したことなのに変なやつ。行きたい理由があるから、言い出したんだろ?行こうぜ。何かあってもおれがユキちゃんを守るから、ユキちゃんがやりたいことをやろう。」

それで8年間の詫びになるか?と冗談めかして笑う彼に不覚にも泣きそうになってしまった。

変わっていない。変わっていなくて、よかった。
性別も立場も関係ない。私の意見を聞いて、いつも前向きに肯定して助けてくれる。無理だなんて言わない。ダメだなんて言わない。一緒にやってみようと言ってくれる。そんな優しいユーマが、小さいころから大好きだった。


「そう、やりたいことがあるの。……私の家は、私か私の将来の夫が継ぐことになると思うわ。そう、お父様からも言われてる。そのときが来る前にカルワリアを、この国をユーマと一緒に、ユーマの言葉で理解したいの。本の知識だけではダメ、自分でちゃんと見聞きした情報が欲しい。……こんな時期に、お願いすることじゃないのは分かっているわ、でも、どうしても今、必要なことなの。……ユーマ、これから1週間、私の護衛をどうか、よろしくお願いします。」

深く頭を下げると、スッと手が差し伸べられた。顔をあげると、ニッと口角を上げ、年相応の笑みを見せてくれた。

差し伸べられた手をただただ見つめていると、ユーマが片膝を地面につけた。何事かと慌てる私をその姿勢のまま見つめ、静かに口を開いた。


「まかせろユキちゃん。せっかく久しぶりに会ったんだし、この1週間、おれと一緒に楽しもうな。…以後ヨロシク。」

「ふふっ。……これから1週間よろしくね、…遊真。」



差し伸べられた手をきゅっと優しく、少しだけ強く握った。




[top]