こじれアイ。
「……また作りすぎちゃった、」
カチ、と火をとめ出来上がったおいしそうな料理を見つめる。
(1人分って難しいな、どうしても多くなっちゃう。)
常に忙しく働き、家の中でも険しい顔付きが多い両親に笑顔になってほしくて、はじめた料理。
今となっては、自分の空腹を満たす役割しか担っていない。
なんだか、虚しい。
そう、思っていた。
「……よし、この量なら、むしろ増やして……玉狛に持ってこうかな!」
それが今は、小さな喜びに変わっていた。
「ユキちゃん、ごちそうさまでした。」
「あ、ありがとう……!お粗末さまでした。」
食器を流し台までもってきてくれた遊真くんにお礼を言う。結局、量を増やした割にはいない隊員が多く、余っちゃうかな……と心配していた料理が、綺麗に平らげられており、軽く驚いてしまった。
「あれ、……え!?ぜんぶ、食べたの?だ、大丈夫?気持ち悪くない??」
慌てて遊真くんの顔色を伺うが、どこか満足そうな様子であることしかわからない。
とりあえず体調は悪くなさそうなので、ほっ、と息をついた。そんな私を見てコテリ。遊真くんが不思議そうに顔を傾げた。
「気持ち悪い?なんでだ?ユキちゃんの作るものはなんでもうまいぞ?気持ち悪くなることなんてあるわけないだろ。……ユキちゃんの料理が食べられて、おれ、幸せだよ。」
「…っ、あ、ありがとう……。」
かあぁ、と赤くなる顔を片腕で隠す。にっこり笑う遊真くんに、今日もまた、恋に落ちてしまった。
「お、オサムくん…。」
「はい。どうかしましたか?」
「ま、また惚気てもいい…?」
「は、はい、いいですよ。」
「遊真くんかっこよすぎるよ…!!」
遊真くんのかっこよさに触れたあとには、必ずオサムくんに報告することが、いつのまにか習慣になっていた。
オサムくんにはとてもとても申し訳ないけど、毎回なんだかんだと聞いてくれるので、つい甘えてしまう。それに、私の知らない遊真くんの話を聞けるのも嬉しいポイントだ。今日もお世話になります。と、心の中で呟いた。
「ありがとね、オサムくん。こんな時間まで……。」
「いえ、外、もう暗いので、気をつけてくださいね。あ、僕、送っていきましょうか?」
「大丈夫!!ありがとう。」
パタン、と扉を閉め一息つく。おすそ分けに来ただけだったので、窓から見える外の暗さに驚く。さすがに早く帰らなければ。と、
少し歩いたところで見えた姿に、ドキリと心臓が跳ねた。
「あれ、遊真くん……?」
「ユキちゃん。……用事は済んだのか?」
「うん!……って、え、ぁ、な、中の会話、聞こえてた!?」
少々食い気味に聞くが、遊真くんは至って落ち着いており、そのまま首を横にふる。その顔は、どこかつまらなさそうだ。
「なんにも?……聞かれちゃマズかったのか?」
「そ、んなこと、は、う、うーん……。」
「…ユキちゃんさ、オサムのこと、好きなのか?」
突拍子も無い発言に、ついビクリと大げさに反応してしまう。
「…っえ!?そりゃ、す、好きだけど、遊真くんだって、好きでしょ?いきなりどうしたの?」
「…おれとは意味が違うだろ。」
「え、遊真くん、どうし…、」
「な、ユキちゃん。知ってた?…オサム、チカが好きなんだよ。今だって、チカのために、遠征目指してがんばってる。」
「う、うん。知ってる、つもりだったけど、…わ、私、オサムくんと話したらダメなの?わたしね、オサムくんに迷惑かけてばっかりだけど、邪魔するつもりなんかないよ。だ、だって、わたしは…」
「…ユキちゃん。…オサムと、あんまり話すなよ。」
「……っ、な、なんで、なんで遊真くんが、そんなこというの…」
「……たしかにおれに言う資格はないけど、でもあの2人は、おれの大切な、仲間だから。」
頭が、真っ白になった。
………じゃあ、私は?
遊真くんにとって私は、遊真くんの大切な2人を、邪魔する存在?
なんで、という怒りよりも先に、罪悪感や自己嫌悪が私を襲った。遊真くんはずっと、オサムくんと話す私を見て、2人の心配をしてたのに、……私は、呑気に、遊真くんとのことを惚気て、浮かれて、
(……あぁ、今すぐ………消えてしまいたい。)
そのあと私は、どのような行動をとったのか、覚えていない。ただ、気がついたら、自分のベッドの上だった。
無意識の内に電話をかける。ほとんど衝動的な行動だった。
「……もしもし、オサムくん?………うん、あのね、これからもう、玉狛行かないけど、あんまり気にしないでね。………話も、もうすることないから、………これからもがんばって。じゃあ、」
ぷつり。
私の恋は、簡単に終わってしまった。
「く、空閑!!」
自分を呼び止める声に振り向く。聞き慣れたその声は、もちろんオサムのもの。
慌てた様子に、ざわ、と胸騒ぎがした。
「お前、ゆきさんに何言ったんだ!!」
「…オサム、お前、ユキちゃんのこと、名前で
呼んでたっけ。」
「そんなことを聞いてるんじゃない!僕の質問に答えろ!!」
「別に、…おれは、オサムとチカのためを思って。」
「…珍しく、つまらないウソをつくな、空閑。」
「別にウソじゃないよ。…半分くらいは。」
「ほんとに、なんでこんなことを…。」
「…オサムはいいよな。ユキちゃんに好かれてて。…何か特別なことでも、したのか?」
オサムが驚いた顔をするのが見えた。その表情の意味が分からず、眉間にシワを寄せる。少しだけ考え、あぁ。と納得した。
きっと、おれがユキちゃんを想っていることを、知らなかったんだ。
「空閑、お前……。今すぐゆきさんに謝ってこい。きっと、とんでもない勘違いをしてる。……ユキさん、もう玉狛に来ないって、悲しそうな声で言ってたぞ。」
"悲しそう"。
その言葉に、ズキリと胸が痛んだ気がした。
さっきまで、他の人を好きになったユキちゃんに、苛立ちのような気持ちが募っていたはずだったのに。
「……おれ、ユキちゃんを悲しませたのか。」
ふ、と怒りが消え、自分の今までの怒りに対して、虚しさがこみ上げてきた。
(ユキちゃんには、いつだって笑っていてほしい。)
だから、もう。
「オサム、……おれ、ユキちゃんに謝ってくる。」
「あぁ。そうしたほうがいい。」
(……たとえオサムのことが好きでも、ユキちゃんが幸せなら、)
親は、少し前に亡くなってしまった。
それを追いかけるように、危険な戦争の最前線に立つボーダーに入って、でもやっぱり私は未熟で、本当に親の後を追いそうになったとき、
命を助けてくれて、私の頑張っていたことを、一番に褒めてくれた人。
そんな大好きな人に邪魔だと思われた私は、
もう、彼の前に立つ資格がないから。
ピンポーン。軽快に呼び鈴が鳴った。
慌てて向かう。ドアを開く前に、「ユキちゃん。」と声がした。目を見開く。
そろり、ドアを開けると、やはり。私の大好きな人がいた。
「……遊真くん。」
「おれだよ。……すまんな、ユキちゃん。」
「ううん、私の方こそ、迷惑かけてごめんね。」
「………なぁ、おれが、ユキちゃんにひどいこと言ったから、ユキちゃんは笑ってくれないのか?」
「……遊真くんは、ひどいことなんて言ってないよ。事実しか、言ってないから、…遊真くんが悪いなんてこと、あるはずないよ。」
「そんなことないだろ。……いつも優しいユキちゃんを、悲しませたのはおれだ。」
「でも、それはわたしが、邪魔だったから。」
口からスルリと言葉が流れ落ちた。遊真くんの驚いた顔が見える。私も自分で言って驚いた。言わないように、してたのに。
ほろり、と溢れた雫は、地面に染みを作っていく。ああ。私のバカ。
自分からわざわざ、傷つきにいくなんて。
「………ユキ、ちゃん?」
「わたし、遊真くんにとって、いらない存在だから。…遊真くんが大切なのは、オサムくんとチカちゃんで、その2人の邪魔になりそうなわたしは、遊真くんにとって、邪魔だよね?」
「……そんな、わけ、ないだろ。」
「……。遊真、くん?」
「おれが、邪魔なんだよ。…おれが、オサムとユキちゃんを応援できないから、」
「?…オサムくんと、わたし?…よく、わからないけど、遊真くんにとって大切なのはオサムくんとチカちゃんだから、わたしはやっぱり、いらな…「違う、違うよ。おれが、ユキちゃんが好きだから。全部全部、おれのわがままだ。ごめんな、ユキちゃん。ごめん」
え。と目を瞬かせた。下を向いて動かない遊真くんをじっと見つめる。
「…ほんと?」
「そうだよ、すまん、ほんとに、」
思わず、遊真くんをぎゅう、と抱きしめた。ぱっ、と遊真くんが顔を上げたので、目線を合わせる。
ドキドキが止まらない。体も震えてる。けど、
「わ、わたし、遊真くんがこの世界で一番大好き。遊真くんが、好きなの。……遊真くんのこと、好きでいていい?」
今度は、遊真くんがキョトリ。と目を瞬かせた。
瞬間、私の背中に腕が回され力強く引き寄せられる。
慌てていると、遊真くんとぱっ、と目が合う。その表情は、いつも私を幸せな気持ちにしてくれるときの笑顔と同じだった。
「当たり前だろ。ユキちゃん。……もう一回ちゃんと言わせてくれ。……大好きだ。ユキちゃん。」
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