きみと迎える新しい季節
※遊真、夢主共に高校生設定です。
B級ランク戦が終わり、遠征選抜試験が終わった3月下旬。時の流れは早く、気がつけば梅の花が散り、桜の花が満開に咲き乱れる頃、遊真と修、そしてゆきは三門市立第一高等学校に入学した。
入学式に参加する保護者とは一度分かれ、ゆきは中学の友達と、遊真は修と校舎に貼られていた自分のクラスを確認した。
自分の名前を見つけたゆきは、自分と同じクラスの男子の名簿をざっと見渡す。"空閑遊真"の文字は、残念ながら見当たらなかった。かなりのショックを受けつつ、すぐ隣の名簿に"空閑遊真"の文字を見つける。どうやら遊真くんは隣のクラスのようだ。あ、三雲くんもいる。いいなぁ、やっぱりこの2人はセットなんだ。と謎の納得をする。あんまり寂しくなったら、顔だけ覗きに行ってしまおう。そんなことを考えながら、同じクラスだった友達と再び歩き始めた。
「ほほう、ここに書いてあるクラスがおれの所属ってわけだな。」
「そうだ。僕が同じクラスだったらいいけど、違うクラスだったら自分1人で教室まで行くんだぞ。」
「りょーかい。オサムはコウコウセイになっても相変わらず面倒見の鬼だな。……おっ、おれの名前あったぞ。」
「僕の名前もだ。…あぁよかった。同じクラスだな。空閑。」
「なんだよオサム、そんなに同じクラスが嬉しいのか?」
「お前を1人にすると何かと心配なんだよ…」
静かに胃を痛める相棒に笑いながら、遊真はサッと名簿を見渡した。"一ノ瀬ゆき"の文字は見当たらない。少し肩を落とす自分がいたことに気づき、なんだか気恥ずかしくなる。そんな考えを見透かしたかのように、「一ノ瀬さんは隣のクラスだな」と呟いたオサムの顔を見上げ、ジト目で見つめた。
「オサム…お前にもとうとうサイドエフェクトが…?」
「伊達にお前の相棒やってないよ。それくらいさすがに分かる。」
いつでも会いに行けるな。と聞こえてきた明るい声に相槌を打つ。そうだ、会いたければ会いに行けばいい。別に特別な理由など必要ない。会いたいときに会いたいと言える、自分とゆきはそういう関係なのだと改めて自覚し、少しだけ表情を綻ばせた。
「なぁ、空閑って彼女いる?」
教室に入って、指定された席に座る。空閑と三雲、さすがに座席はある程度離れており、遊真は隣の席の男子生徒から話しかけられていた。自己紹介をして、どこ中?なんて話をして、それから冒頭の質問が繰り出された。
「いるよ。」
「ええーっ!!まじかよ、羨ましい…!おれも早く彼女欲しいなぁー、え、彼女とどこで知り合ったの?同中?」
「同じ中学で同じクラスだった。あとどっちもボーダーに所属してるな。」
「うわ、空閑ボーダーかよ、すげえ!俺初めて会った。この高校ボーダー隊員たくさんいるんだよな?すげえなー」
「いやいや、それほどでも。」
「彼女もボーダーかー……どう?ぶっちゃけカワイイ?」
「ぶっちゃけかなりカワイイよ。」
「うわ、惚気んなよな!くそう、おれも早く彼女作って高校生活満喫してやる!!」
テンポよく進む会話から相手の人柄がよく伺える。コミュニケーション能力も高いし、見てくれも悪くない。これなら念願のカノジョもすぐに出来るだろうと判断した。そのときだった。
「ん?…なぁ、あそこにいる女子、かわいくね?さっきからずっとこっち見てるんだけど…」
「どれどれ………あ、」
「俺、声かけてこようかな。やっぱこういうのは勢いが大事だよな!」
"かわいい"と評された女の子を見つけ、少し驚く。ボーダーではひとつに結っている髪を下ろし、真新しい制服に身を包み、ちらちらとこちらの教室の中を伺うかわいい女の子の正体は自身の彼女であった。なるほど、こいつ見る目があるなと心の中で褒めつつ、今にも立ちあがろうとする男を軽く腕で牽制した。
「悪いな。あの子、おれのだ。……ちょっと行ってくる。」
「そうだよな、やっぱ行くしか…ってマジかよ!?」
裏切りものー!!という声を背に席を立つ。開けられた窓越しにしっかりと目線が交わり、ビクリと身体を揺らす彼女の姿に自然と口角が上がる。遊真は足早に廊下に出た。
「あ……」
「ユキちゃんおはよう。クラス、離れちゃって残念だったな。」
「おはよう遊真くん。うん、本当に残念……あ、あの、遊真くん、詰襟似合ってる。格好いいね。」
視線を彷徨わせ恥ずかしげにはにかむゆきに、遊真は思わず拳を握りしめた。表情には出なかったものの、思わぬ不意打ち。先制点は確実にゆきに入った。
「… ユキちゃんも制服似合ってるよ。中学のときとはまた違う感じで、かわいいな。」
「ウッ、あ、ありがとう…!」
迷わず追撃。今度は遊真に点が入った。朝から自分達は何をしてるんだろうと思わないでもないが、入学式の朝という忙しい時間帯にゆきがわざわざ会いに来てくれたことはとても嬉しかった。
「…そろそろ教室に戻ったほうがいいな。」
「あ、うん。本当は廊下から顔だけ見れれば十分だったの。わざわざ出てきてくれてありがとうね。」
「おれがユキちゃんに会いたかっただけだから、礼なんていらんぞ。」
「ヒャ……」
「あ、そうだ。ユキちゃん、今日本部行く?」
「…い、行くつもりだったよ。」
「じゃあ式が終わったら教室で待っててくれ。おれが迎えに行くよ。」
「えっ、えっ、……えっ!!!」
ゆきはポポ、と頬を染めた。学校終わりに遊真くんが、教室まで迎えに来る…?なにそれ、恋人っぽい……と少し感動してしまったのだ。ゆきがそんなことを考えてるだなんて気づかない遊真は、軽く片手をあげて、「じゃ、あとでな。ユキちゃん」と自分の教室へと戻った。ゆきは遊真の供給過多でめでたく緊急脱出した。
遊真が席に戻ると隣から恨めしそうな視線が飛んできた。ぱちりと目を合わせて「どうした」と声をかけると、男子生徒はうぅ、と机に突っ伏してしまった。
「…俺もボーダー入ろうかな…」
「おっ、それは楽しみだな。歓迎するぞ。」
遊真はニコリと笑う。こいつはきっと攻撃手だな、なんて考えたところで、鐘の音が鳴り響く。
高校生活の始まりを告げる音色に、遊真は静かに耳を傾けた。