7月18日
ここは玉狛支部。もうすぐ時計の針が12を指すという時刻に、何度も訪れた場所へと足を進める。
すうっ、とひとつ、深呼吸をしてから屋上の扉を開くと、キィ…と音が鳴り、その奥に座っている彼とぱちり。目があった。
「遊真くん。」
「ユキちゃん。もう寝る時間じゃないのか?」
「うん。…そう、なんだけどね。」
「……?…こっち、来て話そうぜ。」
「あ、あの、その……。」
思わず目を逸らしてしまうと、ますますハテナマークを頭に浮かべる遊真くん。緊張でドキドキと鼓動が増していくのがわかる。いつまでもモジモジしているわけにもいかないので、遊真くんの近くまで足を運んだ。
いつもと違う雰囲気を感じとったのか、黙って私の行動を急かさず見守ってくれている様子を見て、やっと自分の決心が固まるのを感じた。
「ゆ、遊真くん!!…お誕生日、おめでとう…!!」
「……ん?」
「こ、これ、プレゼント、です。よかったら使ってくれたら、嬉しいな…。」
「おぉ…!…そっか、もう日付けが変わったんだな。……ユキちゃんが一番乗りだ。ありがとうな。」
小さめの紙袋を震える両手でなんとか渡すと、紙袋ではなく、私の両手をきゅっ、と包み込む遊真くん。
思わずびくりと身体を固まらせると、ふ、と小さな笑みを浮かべる遊真くん。そんな彼と目を合わせると、「……いいかげん、慣れてくれよ。」と言葉とは裏腹に甘い声が聞こえ、顔に熱が集まる気配がした。
「中身、見てもいいか?」
「う、うん!!もちろん!!」
さっきとは打って変わり、ワクワクと楽しそうな雰囲気を纏い紙袋の中のラッピングを解く姿に、別の緊張がやってくる。よ、喜んでくれるかなぁ……。
「これは………サイフ、か?」
「う、うん!!遊真くん持ってないみたいだったし、あった方がいいものだから、どうかなって……」
じっ……と黒色ベースの財布を見つめる遊真くんに、たらりと冷や汗が流れた気がした。
しばらくプレゼントを見つめた遊真くんは、ニカリと歯を見せて笑顔を浮かべる。突然の嬉しそうな表情に、きゅん、と心臓が一際大きな音を立てた。
「イイな、これ!……ユキちゃんからのプレゼントだ。大切に使うよ。」
優しい表情で私を見つめる遊真くんに、相変わらず鼓動はドキドキと騒々しく音を立てる。とりあえず、喜んでもらえたことが嬉しくて、私もつられて笑顔になった。
「よかった…。あのね、そのお財布、赤色のワンポイントが入ってるでしょ?それが遊真くんの瞳の色みたいでかっこいいなぁって、私もすごく気に入っててね、」
「……へぇ。」
「……うん…?」
もう一度黒い財布に目を落とし、口もとに綺麗な弧を浮かべながら、からかうような瞳で私を見つめる遊真くんに、ドキリと心臓が跳ね上がった。
遊真くんがこういう目をするときは、大概私が恥ずかしい失言をしてしまったときだ。
「…おれの目、好きなのか?」
「……へ、」
「いや、違うな。……ユキちゃんは、おれの目だけが好きなのか?」
「……っ、あ、の、」
「な、ユキちゃん、…教えてくれよ。」
なにこのやりとり…!!と顔を赤くしながら抗議の目を向けると、「今日はおれの誕生日だからな。」と嬉しそうに返されてしまう。た、たしかに、そうだけど…。
「ぜ、ぜんぶ…。」
「ん?」
「ぜんぶ、好き。…遊真くんの、全部が、好き……です。」
最後の方はほとんど消え入りそうな声になってしまったが、なんとか遊真くんから目を逸らさずに最後まで伝えると、嬉しそうに顔を綻ばせる遊真くん。その頬は、少しだけ紅を帯びていた。
「……おれも、大好きだ。ユキちゃん。」
「……っ、…!!!」
不意打ちの愛の言葉に、サッと顔が赤く染まり、思わず目を逸らしてしまう。遊真くんの恋人になったとはいえ、まだまだ甘い台詞には到底慣れそうにない。
「あ、」
「ん?どうかしたか?」
「……ううん、なんでも……、」
「……ユキちゃん?」
相変わらず隠しごとが通用しない彼に、思い出してしまったことを少しだけ後悔した。忘れていた方が、幸せだったかもしれない。
「…あのね、…遊真くん。」
「なんだ?」
「……お腹、空いてたりする、かな。」
「…ふむ?」
こくりと頷いたのを確認してから、少しだけ時間をもらい、来た道を戻っていった。
「おおお……!!!これはこれは…!!」
「あ、あのね、本当は、渡すつもり、なかったの。や、やっぱり慣れないことはするものじゃないね、…ケーキ、作り、だなんて。」
先ほどのプレゼントから一転、気まずい気持ちたっぷりで渡したのは、少し歪な形のシンプルなショートケーキ。もう少し綺麗に完成させる予定だったので、渡すのを躊躇っていたものだが、このような成り行きで、遊真くんのもとに届けられるとは思いもよらなかった。
そう、思っていたのに。
お皿に盛りつけられたショートケーキを「おぉ…!」とキラキラした目で見つめる遊真くんは明らかに嬉しそうで、なんだか気恥ずかしくなってしまう。そんなすごいものじゃないのにな…。
「ゆ、遊真くん、見た目もそんなに良くないし、味は、まあ悪くないと思うけど……。食べなくても全然いいからね?」
思わずそう言葉にすると、驚いたように私を見つめる遊真くん。その表情の意味が私にはわからなかった。
「なに言ってんだユキちゃん。……おれの恋人が、おれのために初めて作ってくれた手料理だぞ?…食べないわけないだろ。…すっごく嬉しい。最高のプレゼントだ。」
そう言って眩しいくらいの笑顔を見せてくれた遊真くんに、ほわ、と心があったかくなった。
「イタダキマス……ん!うまい!!うまいぞユキちゃん!!」
「……遊真くん。」
「ん?なんだユキちゃん。」
「本当に、…大好きだよ。遊真くん。」
ピタリと遊真くんの動作が止まる。だがそんなことも気にならないくらい、私は幸せでいっぱいだった。
「生まれてきてくれて、…私と出会ってくれて、ありがとう。…私、ほんっ…とうに、遊真くんに出会えて、幸せだよ。」
ありがとう、ともう一度呟くと、カシャ、と食器を置く音が聞こえ、気がつけば私の身体は遊真くんの腕の中に抱き寄せられていた。
「…あんまり、かわいいこと言うなよ。」
「……っ、」
「ユキちゃんの誕生日、…楽しみにしとけよ。」
笑みがひとつ、零れ落ちた。