19
遊真くんを見上げながらボロボロと涙を溢す私。
そんな私に目線を合わせようと、遊真くんがしゃがみ込む。
「この屋上よく来るけど、こんな場所あったんだな。なるほど、こりゃ気づかん。」
「…へ、…ゆうま、くん?」
「場所、移動しようか。おれがいたところの方が、景色がいいよ。」
「………ぇ!?ひゃ、…!?」
「よっ」と小さく声が聞こえ、膝裏と背中に遊真くんの腕が回されそのまま持ち上げられる。お、おひめさまだっこ…と呟くと同時に、顔に急速に熱が集まっていくのを感じた。その声に反応したのか、こちらをジッと見つめる遊真くん。ひぇ…顔がちかい……。
先ほどまで号泣していたとは思えないほど涙はぴたりと止まり、開いた口が塞がらない。そんな現金な私にニッと笑いかけ、「おれの首に手、まわせるか?」と聞くので慌ててブンブン首を横に振る。クビニテヲマワス…?なにそれむり…と空いた両手で顔を覆う。遊真くんが笑った気配がした。
「はい、とーちゃく。…すぐだっただろ?」
「…生きた心地がしなかったよ…。」
そうか?なんて言う遊真くんはいつも通りで、私もあんな話さえ聞いてなかったら、と悲しさが戻ってくる。
ストンと2人で腰を下ろす。訪れる静寂。
それを破ったのは、遊真くんだった。
「ユキちゃんには悪いけど、死なないでってゆうか、おれ、もう、一回死んでるんだよね。」
「……え、」
「おれは、門の向こう側から来た近界民だって言ったら、ユキちゃん、信じる?」
ネイバー。その単語を聞くと同時に、自分の喉がごく、と音を立てたのが聞こえた。
困惑した表情を隠さず隣に目を向けると、イタズラに笑う遊真くんとバッチリ目が合う。きゅん、と高鳴る鼓動は、例え遊真くんが何者でも、いつもと同じだった。
「…信じるよ。…というか、遊真くんがどこから来たどんな人でも、…わ、わたし、遊真くんが好きだから!…関係、ないよ…っ…。」
カアア…と熱くなる顔を、何回遊真くんに見られたことだろう。最後の方はほとんど消え入りそうな声になってしまったが、遊真くんに聞こえてるといいな、と密かに願った。
「……ユキちゃん、」
「ど、どうしたの、ゆうま、く…!?」
ふっ…と遊真くんの表情が和らぎ、甘さを増す。
口元は綺麗な弧を描き、大きな瞳はじっ…と私を捉えて離さない。
そんな珍しい表情に見惚れてしまい、目がそらせない。
「…もう、ウソつかなくていいのか?」
「え、っ!?」
「おれのこと、なんとも思ってないってウソ。」
「へ、ぁ、う、ウソって、なんでわかっ…?」
「ん?……知らないのか?…じゃあ、まだひみつ、な。」
シー…と口元に人差し指をあて、小さい子に送るような仕草に、きゅん、と胸がときめく。
なんだかいいように流されてる気が…と疑いの目を持ちつつも、サービスかな…?というくらい遊真くんがいつもより優しい、というか甘くて、流されてしまいそうだ。
「かわいいな、ユキちゃんは。」
「ゆ、遊真くん、ワザトかな…!?」
「ワザト…?なんだか知らんが、ユキちゃんがかわいいのはホントだぞ?最初はおもしろいと思ってたが、がんばりやで、素直で。……あと、恥ずかしそうに照れたあと、嬉しそうに笑うのがかわいい。」
すぅ…っと目を細め、ニヤリとこちらを見つめる遊真くんに、もうお腹いっぱい、限界です…。と叫びたい、と思いつつ、口から出るのは、ぇ。とか、ぁ。とか頼りない言葉の切れ端のみ。
そして、今の今までずっと楽しそうにしていた遊真くんが、ふ、と表情を真剣なものにする。
違う意味でドキリ、と体がこわばった。
「…でもな、…すまん、ユキちゃん。
おれ、ユキちゃんの望む返事は、してやれないよ。」
「…………。」
「さっきの続きになるけど、おれはそのとき、参加していた戦争で死んだはずだった。…けど、親父が黒トリガーになって、おれを助けたんだ。…だけど、それもいつまで続くかわからない。数年後かもしれないし、明日かもしれない。…そんな体で、無責任なことはしたくないんだ。」
「…ゆうま、くん。」
「だから、ごめん。…ユキちゃんの気持ちには、答えてやれない。」
遊真くんはそう言ったきり、下を向いて私と目を合わせようとしない。
きっと、真剣に考えてくれたんだな、って思う。
しょうがないのかな、とも思う。
けど、ごめんね、遊真くん。
「遊真くん。」
両手で手にとったのは、遊真くんの両手。
私より少しだけ大きなそれを、きゅっと包み込む。
「私ね、追いかけることに、慣れたよ。」
ずっと、ずっと。
ただ、あなたに見て欲しくて、それだけで。
本気になれた。努力をした。結果も少しずつ出せた。
それは全部、私の頑張る先に、遊真くんがいたから。
「好きになってほしいなんて、贅沢なこと言わない。…でもね。」
「………。」
「遊真くんのこと、まだ追いかけてても、いい?」
珍しく言葉に詰まる遊真くん。でもね、そんなの関係ないの。だって、わたしは。
「私、まだ、遊真くんを楽しませられてない。遊び相手になれてない。…もっと、もっと!!…遊真くんの人生を、楽しませる存在になりたい!!!」
キラキラと瞳を輝かせているであろう私を、目をぱちくりとさせ、見つめ返す遊真くん。
「そう、なのか。」
「うん!!」
「…そっか。」
きゅっ、と遊真くんに両手を握り返される。
なんだか初めての模擬戦後を思い出すなぁ、と少し顔が赤く染まる。…私、ほんとに単純だ。
「…じゃ、おれのこと、楽しませてみせてよ。…ユキ。」
「…!!…っうん!!私!もっとがんばるからね!!」
その目が、好きだ。楽しそうに、少しイジワルに、相手を見つめるその瞳が、堪らなく好きだ。
その日は、私が遊真くんの肩で眠ってしまうまで、遊真くんとたくさんお話をした。
それは、時刻、23時58分の出来事。