18
玉狛支部。屋上の隅っこ。
寒くないように暖かい格好に着替え、手には迅さんが渡してくれた温かいココア。
…もはや、暗躍ってなんだっけ…??
そう考えた私は、先ほど別れたばかりの迅さんとのやりとりを思い出していた。
「よーし、そうと決まれば早速準備するぞ〜!!」
「えっ、暗躍って、今からするんですか!?」
「そうだよ〜。しかもゆきちゃん1人。」
「えええええ絶対ムリです絶対ムリです…!!!」
ブンブンと首を左右に振ると、アハハと笑われる。いや笑い事じゃありませんって…。
「はい!まずゆきちゃんは暖かい格好に着替えてくる!きっとクローゼットに宇佐美がいろいろ入れてくれてるはずだから、借りればいいよ。そしておれは、温かいココアを作ってきます!用意が出来次第、また屋上に集合!はい、解散!あ、12時までには寝れる予定だから大丈夫だぞ〜!」
「は、はい!!わかりまし…た?」
この時点で、かなりおかしいことに気づくべきだった…と後悔の念が蘇ってくる。
「おっ、来たな。寒くない?はいこれ。」
「はい、寒くないです。あ、ありがとうございます…あったかい…ココア?」
「おれからの優しい気づかいでーす。ゆきちゃん、こっちこっち。そうそう、そこでそのまま…。よし、いい感じ。死角になってて誰からも見えないぞ〜!!」
「あ、あの…?」
「じゃ、おれ部屋戻るな。今からゆきちゃんが大好きな遊真がここに来るけど、遊真にバレないようにここにいる。それがゆきちゃんの任務、な。」
「え、ど、どういうことですか…??」
「それは遊真が来てからのお楽しみ〜。……遊真と話したい、って思ったら、いつでも出てきていいよ。」
「???…ま、ますますわかりません…。」
「だいじょうぶ。…ゆきちゃんなら、遊真を今以上に楽しませることができるよ。…おれ、信じてみてもいい?」
「…!!…遊真くんを楽しませることができるなら、がんばります。…迅さんに話したことはないですけど、」
「はは、まあまあ。…じゃ、がんばれ、ゆきちゃん。…素直なキミが一番かわいいよ。…あ、これおれからのアドバイスな。」
「え、っ、ちょ、迅さ…!!」
ギィ…と閉まる扉。私の声は届かなかったみたいだ。
もう、本当になにが起こっているのか、起きようとしてるのか全然わからないし、迅さんが言いたいことなんて、もっとわからないし、今すぐ部屋に戻りたい。…でも、
[ゆきちゃんなら、遊真を今以上に楽しませることができるよ。…おれ、信じてみてもいい?]
(あんなこと言われたら、ここにいるしかないじゃんか…!!)
そして、意外にも早く、そのときは訪れた。
ギィ…と開かれた扉、息を潜めるが、こちらには見向きもしないで、屋上の端の部分、落ちてしまいそうな所に腰を下ろし、空を見上げる遊真くん。
こちらの息づかいも聞こえてしまいそうなほど、静かな夜。
(…何するつもりなんだろ…。)
こんな夜に、こんな場所で。
やがて、その問いに答えるように
遊真くんが、ぽつり、ぽつりと話し出す。
「5勝の壁は厚いな。こっちのトリガーじゃ、まだかげうら先輩やむらかみ先輩には勝ち越せない。…あのとき、……こうして、……ここを…、」
(……私のこと、気づいてないよね?……まるで、誰かに話しかけてるみたい。)
所々聞こえてくるのは、今日の個人戦の反省だろうか、対策だろうか。思わずふんふん、と聞き入ってしまう。いつも寝る前に、ここでこうやって過ごしてるのかな、なんて、垣間見る様子に、胸が熱くなる。
ふ、と止まった声色。シン…と再び静まりかえる屋上に、緊張が戻ってくる。…最早これが暗躍だなんて思ってはいない。多分、私の気持ちを強固にするための、迅さんの言葉遊びだろう。
「…迅さんの言った通りだったな。…ここに残って、正解だ。」
明らかに変わった話の流れに"迅さん"のワード。
ドクン、ドクン、と心臓が速度を増していく。
「最近、楽しいな。…ここにはいろんなやつがいて、目標があって、仲間がいて、……なぁ、レプリカ。……親父は、どれだけ、おれのことを、生かしてくれるかな。」
(………?…なにを、言ってるの?……)
虚空を見つめる遊真くんは、私に気づかない。
「……おれの身体は、あとどれくらいもつかな。…今はそれが少ししんぱ……」
カツン!!!
「……誰だ?」
(……マグカップ、割れなくてよかった。)
中身がないそれは、コロリ、と地面に転がる。それを見つけたのか、コツ、コツ、と足音がどんどんこちらに近づくのが、やけに長く耳に響いた。
目の前は、真っ暗に染まっていく。
(遊真くん、死んじゃうの?)
「…ユキちゃん?」
「…………。」
「おーい、ユキちゃん。こんなとこでどうしたんだ?」
「………の……ぃで……。」
「…ユキちゃんすまん。もっかい言ってく…」
「遊真、くんが…好き、なの……、死なないでくださぃ……っ、」
ポロポロと溢れ出す涙は、止まることをしらない。止め方もしらない。流れ出るそれは、地面に染みを作っていく。
それ以外、何を言えばいいのかなんて、わからなかった。