novels | ナノ

01



秋田の空気はとても美味しい。
吸い込むだけで清々しくなる。
都心の生活に慣れきってしまっていたので利便さに欠ける事を危惧していたが、水は綺麗だし野菜も美味い。
なかなか住みやすそうで安心した。
これならすぐに馴染めそうだ。
入学前に数日暮らしてみて秋田の良さを知った。

そんな私、みょうじなまえも、今年の春に高校生になった。
陽泉高校は帝光中学と違って西洋風な造りになっている。
洒落ている、と言ったら言い方がおかしいだろうか。
アンティークに囲まれている気分だ。
今まで過ごした事のない内装のおかげで、始まったばかりの高校生活は楽しく感じられた。
ただ一つ、思いがけなかった事がある。

「ねぇねぇ、みょうじさんは見た?すっごい大きい人がいるの!新入生だって!私たちと同じ一年だって!」

「もうほんと大きいのっ。先輩かと思ってたからビックリしちゃった」

見た事があるも何も、彼とは同じ中学出身だ。
知らない訳がない。

紫原敦。
バスケ部員で、キセキの世代と呼ばれる元帝光中バスケ部レギュラーである。

赤司から話を聞かずとも、お喋りな女子達が噂話をしていたのでよく知っている。
噂を耳にせずとも、その長身ゆえに目立つので私も知っていたし有名だった。
遠目に見ても標準身長の私とは差がある事が明らかで、あまりの大きさに呆然としてしまったのを覚えている。
紫原がまさか陽泉に来るとは想定外だった。
陽泉ってバスケ強かったのかと紫原の入学で知ったくらいだ。
リサーチ不足である。
遠い所へ、としか考えていなかったので、バスケに関してはノータッチだったのだ。
中学で紫原と話した事はないはずだ。
よって、高校でも余程の事がない限り関わる事はないだろう。
落ち着け、私。

「うん、知ってる。おっきいよねぇ」

変に隠すと後々面倒になるだろうから、嘘をつかない範囲で答えた。
何とでも言い逃れ出来るように。

私がここに来た理由は、赤司へと募る想いを打ち消す為だ。
紫原が赤司を思い出させる存在になるので些か不安が胸をよぎったが、本人に会う訳でもないし、そこまで問題視しなくてもいいだろう。
秋田で暮らし始めてから心穏やかでいられるのだ。
あとは時間が忘れさせてくれる。

浮かんだ幼馴染みの顔を、頭を左右に振る事で脳内から追いやった。
ここで仕切り直し、新しく始めるのだ。