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04



学業を終えて家に帰ると誰もいなかった。
明かりのついていない家の中は真っ暗で、少し寂しく感じる。
どうやら家族は出かけているようだ。
とりあえず喉が渇いたので何か飲みたい。
キッチンへ向かい冷蔵庫から母特製の麦茶を取り出した。
いやまぁ、至って普通の水出し麦茶なんだが。
コップに注いで一息つこうとリビングにあるソファに腰を落ち着かせると、テーブルの上にある一枚の紙が目に入った。
今のご時世、携帯電話という便利な物があるいうのに、母は手紙を書いて行ったらしい。
その内容は、赤司さんと出かけてくるから征十郎君と一緒に夕飯食べてね、というものだった。
ついでに母達は母達で夕食を済ませてくるそうだ。

みょうじ家と赤司家は大変仲が良い。
母親同士が元々仲が良くて、結婚後は旦那も交えての交流が始まり、そうなれば子供も自然と付き合いが生じる訳だ。
幼馴染みという関係は、私が産まれる前から決まっていた関係と言えるだろう。

その関係ももう十五年目となる。
中学生最高学年なのだし、一人では夕飯食べれませんなんて年でもない。
赤司に会えるのは勿論喜ばしい事だが、今は離れていたかった。
叶う事のない想いに縋るのはもうやめようと思ったのだ。
忘れる事が出来ずとも、諦めるのは時間が手伝ってくれる。
そう決意したばかりだというのに、何をしてくれるのだろう私の母は。

あの赤司だし、一人で問題ないだろうと久しぶりに幼馴染みにメールを送る。
コンビニででも夕飯調達してください。
大体私だって料理なんて出来ない。
全く出来ないという訳ではないが、人様に食べさせられるものなんて作れないし自信もないので作ろうとも思わない。
メールは送った。これでいいだろう。
しばらく一人でゆっくり出来るようだ。
自室に向かいルームウェアに着替えて机と向き合った。
まだ進路がはっきり決まった訳ではないが、どの学校を選んでも困る事のないようにしっかり勉強している。
私も一応受験生ですから。

カリカリとシャープペンシルがノートに滑る音だけが聞こえてどれくらいが経っただろう。
ピンポンとインターホンが鳴った。
母親が帰ってきたのだろうか。
いや、だったらインターホンなんて鳴らさずに自分で解錠して入ってくるだろう。
では誰だろうと玄関に向かった。

「ただいま」

覗き窓で確認するとそこには幼馴染み。
私は確かにメールを送ったはずだ。自分でどうにかしてくれと。
何故その幼馴染みが私の家に来るのか。
追い返す訳にもいかず、一度家に帰ったのだろう私服姿の赤司を上げてリビングへと通した。
それにしてもおかしくないか。
ただいまって何。
ここは私の家であって、赤司の家ではない。

「…おかえり」

おかしいと思っても出迎えてしまう私もおかしい。
なんだか色々とおかしい。

「コンビニで済ませてって言わなかった?」

「だからコンビニで買ってきた。なまえの分もある」

手に持っていたコンビニ袋をガサッと音をたててテーブルの上に置くと、椅子に座る赤司に麦茶を差し出した。
そういうつもりで言った訳ではなかったのだが、彼には私の言いたい事が伝わらなかったのだろうか。

「俺が来ないと、お前ろくに食べなかっただろう」

さすが幼馴染み。よく分かっていらっしゃる。
自分の分の食事なんてどうにでもなるものだ。
作るのも面倒だし、いざとなったら茶漬けでも何でもいいと思っていた。

私を分かってくれているという事実が嬉しい反面心が痛い。
私は赤司から離れたい。
これ以上この気持ちを育てたくない。
距離をとりたい。
渦巻く想いを胸に二人で取った食事は、美味しいのか不味いのか、分かりはしなかった。