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どうしてくれんの?



黒子のバスケ、高尾


付き合うつもりはなかった。
クラスは違えど学年は同じなので、名前を知ってはいたしどんな子なのか話に聞いてはいた。
彼女に持ち合わせた知識なんてその程度であったし、感情もそれに見合ったものしかない。
呼び出された時点で告白かと予想していたので、断る算段をしながら向かっていたはずだった。
それがいざ会って話を聞くと、あまりの勢いに気圧されて、気迫に負けて首を縦に振っていた。
こんなつもりではなかった。
高尾和成、一生の不覚である。
今はバスケ一筋で誰かと付き合うなんて考えていなかったし、そんな余裕もない。
いつもはぐらかしては断りを入れていたのに、今回はどうしたというのか。
そしてこれからどうするべきか、頭を抱えた。

俺の出した結論は、機を見て別れを切り出そうというものだった。
こう言ったら申し訳ないが、好きで堪らないと思える相手ではない。
成り行きで付き合う事になってしまっただけだ。
俺の意気地のなさで恋人と名乗るのも悪いと思った。
早めに切り出した方がいいだろうと様子を伺った。のだが、彼女は俺の内情を知ってか知らずか、毎日毎日元気に話しかけてくる。
元気なだけならまだいい。
彼女は嘘がつけない質なのか、元気の中に心情がありありと見て取れる。
話せて嬉しい、好き、一緒にいたい。
聞かなくても聞こえてくる彼女の気持ちが痛いほどに伝わってくる。
あぁ、だからこそ元気なのかもしれないと溜息を吐いた。
同時にどうしようと一人ごちて、なかなか言い出せずに時間だけが過ぎていった。
時間を見付けては俺に駆け寄ってくる彼女。
その時に浮かべる満面の笑顔を崩そうとしている。
これだけ想われて嬉しく思わない奴なんていないだろう。
俺も嬉しくない訳ではない。
ただ、彼女と俺とでは好きの大きさが違えばベクトルも違う。
このままでいい訳がない。
そもそも、俺が恐れるなんておかしな話なのだ。
自分の気持ちを正直に打ち明けようと決めて、堅く拳を握った。

いつも俺の周りをちょこまかと動き回る彼女の姿が見えなくなったのは、決意した次の日だった。
鬱陶しいほどに俺について回っていた彼女がいない。
何故、と考えて、たまたま学校を休んだだけだろうと勝手に決定づけた。
明日こそはと思ったものの、次の日も彼女が姿を現す事はなかった。
二日に渡って静かな日が続き、俺にとっても好都合だった。
平和とはこれだと思い、バスケに打ち込み、友人とくだらない話で盛り上がる。
俺が待ち望んでいた日常を噛み締めた。
はずなのに、何かが足りない。
欠けた何かが俺の中でぽっかりと穴を開けて、そわそわと落ち着かなくさせる。
意味も分からず苛立って、原因を突き止めようと頭を捻らせると、答えに辿り着くのにそう時間はかからなかった。
彼女だ。
嫌というほど一緒にいた彼女がいない。
声が聞こえない事がこれほど違和感だとは思わなかった。
振ろうと思っていた相手なだけに一層動揺した。
そんなまさかと呟いて、その通りだと心が答える。
気付いたら彼女が俺の生活の一部になっていただなんて、誰が想像しただろうか。
気持ちに気付けば想いが加速するのはあっという間で、会いたいと思う一心で苦しくなった。
これでもかというくらい傍にいたというのに、どうしてこういう時に限って彼女はいないのか。
おざなりに反応を返す事しか出来なかった俺に嫌気が差したのだろうか。
今までのツケが回ってきた気がして舌打ちを零す。
らしくない。
明日は自分から会いに行ってみよう。
あの子の為に自ら行動を起こすのは初めてだと気付いて、自然と笑みが浮かんだ。
初めての事に彼女はどう思うだろう。
驚くだろうか、それとも喜ぶだろうか。
考えただけでわくわくして、俺は本当に落ちていたんだと思い知り、また笑った。


「高尾くん、おはよう!」

次の日の朝、部活を終えて教室へ向かう途中、後ろからかけられた声にどきっとして振り向く。
二日振りの彼女だ。
何気なくかけられた声はいつもとなんら変わらない。
けれど心にほっと安心感をもたらした。
自分から声をかけようとしていたのに失敗に終わってむっとしなくもないが、どうやら嫌われていた訳ではないらしい。
彼女の表情がそれを語っている。
おはようと返して隣に並んだ。
これだけでも大きな進歩だ。
現に彼女は驚いている。
くりくりとした大きな目が、より大きく開かれている。

「なぁ、なまえ。この二日間何してたの?いなかったよな?」

「風邪引いちゃって休んでたの」

気になっていた事を聞けば苦笑が返ってくる。
なるほど、それで会えず仕舞いだったという訳か。
本当に嫌われていなかったらしい事に安堵した。
体調はもういいのかと問えば、元気だと笑う彼女が可愛らしく感じられて、今まで抱いた事のない感情に自分で照れた。

「ねぇねぇ。もしかして、ちょっとは寂しいとか思ってくれたりした?」

上目遣いに、期待に満ちた目で俺を伺ってくる彼女が堪らなく愛しい。
なまえってこんなに可愛かったかと過去を振り返った。
気持ち一つでこんなにも違って見えてくるものなのか、初めて知った。
初めてづくしで心が追いつかない。

「思ってたよ」

言いながらなまえの手を繋いだ。
触れ合った手から俺の心音が伝わってしまいそうなほど高鳴っている。
恥ずかしいとは思ったが、嫌だとは思わなかった。
心の中を曝け出して伝えたいと思ったのも初めてだ。

「なまえがいなくて寂しかった」

繋いだ手に力を込める。
目はなまえから外さない。
他に見たいと思うものなんてなかった。
今視界に入れたいのは、驚きながらも顔を赤くして照れているなまえだけだ。
俺の顔までつられて赤く染まりそうだなんて、おかしいだろうか。

「どうしてくれんだよ」

ぎゅっと繋いだなまえの手を俺の頬に当てる。
白い肌がさらっと触り心地よく、離したくなくなった。
もっと触れたくなって、そのまま唇を押し当てる。
ちゅっと、リップ音が鳴ったかどうか分からない。
ただ柔らかかった。
更に離したくなくなって、唇を手に押し当てたまま、なまえから目を逸らさず言った。
想いを、そのまま。

「俺、なまえがいなきゃダメになっちまったんだけど、どうしてくれんの?」

赤いなまえの顔が一層赤くなって、目線を泳がせる。
そんな様も可愛いと思っただけで、言った事に後悔はしていない。
離してなんかやらない、俺も必死なんだ。
じっと見つめていると、先程までわたわたしていたなまえは、ちらっと俺に目を向けてからにっこりと微笑んだ。
綺麗なのか可愛いのか、形容し難いなまえの笑顔は、俺の心を掻き乱して、好きが溢れて止まらなかった。

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台詞「俺、アンタがいなきゃダメになっちまったんだけど、どーしてくれんの?」

リクエスト内容は、高尾に上記台詞を言わせる、でした。
さえか様、リクエストありがとうございました。