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きみを想った幸福



黒子のバスケ、宮地
視点は高尾。


相棒の緑間に彼女が出来た。
二つ年上の先輩で、俺たちのマネージャー。
まさかあの緑間に彼女が出来るとはと、俺たちバスケ部一同はそれはそれは驚いた。
当初信じられなかったが、互いに優しい眼差しを向けて微笑み合う仲睦まじい光景を目の当たりにして、二人は付き合ってるんだなとすんなり受け入れる事が出来たし、めでたい事だと思った。
緑間を支える存在が出来たのは俺にとっても喜ばしい。
おめでとうと心から二人を祝福した。
緑間は慣れないのか顔を赤くしてたけど、いい光景だと思って笑った。
でも俺は知ってる。
緑間以外にももう一人、マネージャーに優しい眼差しを向ける人がいる事を。
その眼差しが、今では切なげなものに変わった事も。

見ようと思って見ている訳ではない。
人より視野の広いこの目が勝手に見てしまう。
見えてしまう。
おかげで気付いてしまった。
この人もマネージャーが好きなんだと。
気付いてから日に日に切なさが増していく。
皆の想いが俺には分かってしまうから、自分の事ではないのに俺まで切なさが込み上げていた。

「宮地さん宮地さん、ちょっと相談あるんスけど、帰り少し付き合ってもらえません?」

切なさに押し潰されそうになって、意を決して先輩を誘った。
俺でも誰でもいい、吐き出してほしかった。
それで宮地さんの苦しみが少しでも軽くなるなら、話してほしかった。

「でもお前緑間と帰んなくていいわけ?」

「真ちゃんならみょうじマネージャーと帰るみたいなんで大丈夫でっす」

ぽろっと零した何気ない俺の返しにそうかって力なく言う宮地さんを見て、しまったと思った。
元気付けようとして誘ったのに、なんてミスだ。

「だから俺と帰りましょうよ!決まりっ!」

あえて元気に振舞う事で宮地さんの元気を誘い出した。
目論見通り、勝手に決め付けんなってボールを投げ付けてきた宮地さんはもういつも通り。
ほっとして痛い!って騒いでみせた。
どうにかなる問題ではないと分かってる。
だからこそ、辛いと思った。

「で、相談ってなんだよ」

部活帰りに宮地さんと二人でファーストフード店に寄った。
宮地さんとこうして二人で寄り道をするのは初めてな気がする。
なんだか新鮮だ。

「単刀直入に聞きますけど、宮地さんみょうじ先輩の事好きですよね」

「何言ってんだよ、急に」

「分かるんスよ。見えてますから、俺には」

笑って誤魔化そうとする宮地さんを畳み掛けた。
そんなに苦しそうな顔してるじゃないですか。
はぐらかしたって無駄ですよ。
俺からは逃げられないし、ここまできて逃がす気もない。
するとばつが悪そうに溜息を吐いた宮地さんに、お前の目ずりぃわって言われて苦笑した。

「しないんスか、告白」

「してどうすんだよ」

「もしかしたら緑間から奪えるかもしれないじゃないですか」

お前本当に相棒かよってまた溜息を吐かれたから、勿論って笑っておいた。
緑間の幸せを願ってる。
だからマネージャーと付き合い始めたと聞いて祝いの言葉をかけたんだ。
けど、宮地さんも俺には大切な先輩で、先輩にも幸せになってほしい。
想いを伝えるくらい悪い事ではないと思う。
誰にだって譲れないものがある。

「いいんだよ、俺は」

いいんだと言って笑う宮地さんの笑顔はやはり切なくて、俺の心臓が痛みに悲鳴を上げそうだった。
けれど三人を引っ掻き回したい訳でもない俺は、そうっスかと呟く事しか出来なかった。
ただ皆に幸せになってほしいだけなのに、それが叶わない。

「俺の元に何も残らなくても、みょうじが幸せならそれでいい」

言いながらコーヒーを啜る宮地さんはなんて格好良いんだろう。
宮地さんとみょうじ先輩は同学年。
二年と数ヶ月共に過ごした相手に募る想いはどれほどのものなのか俺には分からない。
ただ宮地さんがみょうじ先輩に向ける笑顔を見ていると、並大抵の想いではないんだろうなと思う。
そんな相手が他の男と幸せそうにしている姿を見るのは想像もつかない痛みを伴うだろうに、俺の先輩はなんて強いんだろう。

「宮地さんかっこよすぎて俺惚れそう」

「抜かせ」

結ばれる想いがあれば、途絶える想いもある。
幸せな恋愛ばかりが転がっている訳じゃない。
そんな当たり前な事を、俺はちゃんと分かっていなかった。
俺からしてみれば辛いと思う宮地さんの恋。
しかし本人は結構幸せだと言う。
みょうじ先輩を好いて、好いた相手が幸せそうで、それだけで自分も幸せに浸れるのだと宮地さんは言う。
いつも見てきた、優しい眼差しで。
せめて俺だけは宮地さんの気持ちを覚えていようと思った。
こんなにも純粋で綺麗な想いを誰も知らないままだなんて、なんだか耐えられなかった。

みょうじ先輩は幸せ者だと思う。
同時に、それだけ魅力的な人なんだろうなと思った。
皆が幸せになってほしい。
だからこそみょうじ先輩にはうんと幸せになってもらわなければいけないようだ。
宮地さんの恋は報われる事がないけれど、そんな恋を俺もしてみたいと思った。

そして俺はまた見続ける。
この広い視野で、皆の幸せを。
どうか皆さん、お幸せに。

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お題提供:寡黙「たとえばこの手に何も残らなかったとしても、きみを想った幸福をこの胸が覚えていればいい」

頂いたリクエスト内容は、高尾or宮地で悲恋でした。
さえか様、ありがとうございました。