novels | ナノ

お伽噺のようなキスをしよう



黒子のバスケ、赤司


グリム、イソップ、アンデルセン。
いろんな童話を読んだ。
アニメーションや実写映画化されている映像の類も欠かさず見た。
中でも白雪姫が大好きな私は、東京からやってきて京都で一人暮らしをしている彼氏の家にお邪魔している。
とても高校生が一人で住むような広さではない赤司の家には、部屋に見合った大きな液晶テレビがある。
部活がない日にも関わらず自主練習を怠らない赤司が自分で課したノルマをクリアして夕食を共にした後、その大きなテレビと向かい合って二人でDVD観賞をし終えた所である。
選んだDVDは勿論大好きな白雪姫。
何度観ても感動するので自然と目が潤む。
テレビに夢中で手付かずだった赤司が淹れてくれた食後のココアを一口含む。
甘さを嚥下するとまたロマンチックな内容を思い出した。

「いいなぁ」

ぼそっと小声で呟いた私に反応して隣に座っていた赤司が視線だけをこちらに向ける。
何が、と問われているのが視線だけで分かった。

「ああいうさ、ロマンチックなキスって憧れる」

言わば王子は白雪姫の運命の相手。
赤い糸で結ばれた相手のキスで開かれる視界は一体どんな視界なのだろう。
きっときらきらと輝いているに違いない。

「白雪姫なんて実のところロマンチックの欠片もないだろう。リアルだらけな話じゃないか」

「分かってるよ!分かってるけど、少し夢見たっていいじゃない!」

世間に出回っている童話は読み手の為に改善されていると分かっているし、そんな都合のいいシチュエーションなんてないと知っている。
そこまで子供でもない。
けれど現実に起こりえないからこそ憧れるのだ。
いくつ歳を重ねても夢見るくらい許していただきたい。

抗議しながら次に見るDVDの用意をする。
明日も休みなので夜更かしする気満々で泊まりに来たのだ。
ここに泊まりに来たらこの立派なテレビを活用しないと勿体ない。
立派なのはテレビだけではないが。
今度はシンデレラにしようとうきうきとDVDをセットしようとした手を赤司に止められてDVDを取り上げられた。
何すんのとブーイングするもDVDは返してもらえなかった。

「時間を見ろ、12時だ。シンデレラは部屋にお戻り」

またそうやって子供扱い。
童話好きだからって子供な訳じゃないと赤司は分かっているのだろうか。
同じ年のくせにいつも子供扱いするんだから。
むっとしてもこちらが折れる結果が見えているので間延びした返事をして素直に従った。
ぺたぺたとスリッパの音を鳴らして赤司とは別に用意された寝室に入る。
何度来ても思うが、そんなに部屋数は必要だろうか。
金持ちの考える事は分からん。

「征くん、おやすみー」

部屋の扉を閉め切る前に忘れずに家主に声をかける。
部屋に入ってしまえばやる事もないので大人しくベッドに体を沈めた。
起きる時間にアラームを設定していると再び扉の開く音がして顔を向ける。

「征くん?」

私は言われた通りにしたはずだ。
まだ何か言いたい事があったのだろうか。
私の呼びかけに答えずにぎしっとベッドを鳴らして座った赤司を見上げた。
伸びてきた手に髪を撫でられる。
なんだか彼らしくなくて目を逸らせずにじっと見つめた。
程なくしてまたベッドのスプリングが鳴る。
ベッド脇に手をついて覆い被さるように姿勢を低くした赤司が原因だ。
そのままゆっくり、本当にゆっくりと下りてくる赤司にキスをされると分かっても、整った顔と綺麗な瞳からはやはり目が離せず、やっと目を閉じたのは二人の影が重なってからだった。
温もりを感じたのはたったの一瞬。
でも不思議な事に彼の温もりは唇が離れた後も残った。

「おやすみ、なまえ」

これをする為だけにわざわざ部屋に来たのだろうか。
やはり彼らしくない行動に、少し遅れておやすみと返す事しか出来なかった。
赤司が立ち上がった事で重さが軽減されてベッドは元通り。
シーツの皺だけが赤司が座った証を残していた。

「あの、征くん…?」

自室に戻ろうと部屋を去る赤司が扉を抜ける前に呼び止めた。
呆けている場合ではない。
今のは何だったんだ。
おやすみの挨拶なんて初めてされたし、するような人でもない。

「白雪姫ほどのものではないけどね」

私の声に反応して振り返った彼は、そう言って今度こそ扉を閉めて退室した。
さっきのキスは私の夢を叶えようとしてくれたらしい。
愛されてるなぁと幸せに浸って毛布を頭まで被った。
どうしよう、惚れ直した。

私の王子様は、甘やかすのが上手い人。

***************************************************
お題提供:ポケットに拳銃「お伽噺のようなキスをしよう」
頂いたリクエスト内容は、赤司で甘いお話。
リクエストありがとうございました。