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08



ドアにかけた手にぐっと力を込めて車内に滑り込んだ。
俺の後を追うように完全に閉まったドアを見て、今度こそ間に合ったと実感に浸った。
突然現れて飛び乗った俺を見ていたクラスメイトたちが驚いて呆然としていたが、今ではわーわーとホームで賑わっているのが聞こえる。
明らかに冷かしだと分かったので、皆の方は見ないでおいた。
見てしまうと照れに負けて決心が鈍ってしまいそうだった。

揺れる事もなく静かに発車した新幹線に、みょうじさんと俺の二人。
飛び乗ってすぐに閉まった扉にもたれ掛かって、未だに流れる汗を袖で乱雑に拭った。
走り出して景色の変わった車内は、駅のホームで冷やかしていたクラスメイトたちの声はもう聞こえず静かだった。
とりあえず発車時刻に間に合ってようやくほっと息をつく。
けれど走った事で乱れた息はまだ整わない。
こんなに全速力で走るのは試合くらいではなかろうか。
それくらい必死なんだと自分の気持ちを再確認する事となった。
数度荒く呼吸を繰り返して、目の前にいるみょうじさんを見る為に顔を上げた。
苦しさに上下する胸が落ち着いてからにしようと思って、やめた。
乗車券を買ったとはいえ、次の駅で降りないとこのままついていってしまいそうだった。
そういう訳にもいかないし、今日中に帰らないといけない。
次の駅までが俺に与えられた時間だった。
顔を上げた先には、信じられないと言ったように見開かれた目が瞬きもせずに俺を見てた。

俺もみょうじさんも声を発する事はなかった。
これがラストチャンスだと分かっているのに、なかなか言葉が出てこない。
沈黙が続いて車内は静かなまま、しばらくお互いを見つめ合った。
無言の空気を遮ったのは車内アナウンスだった。
次の停車駅の案内が流れてはっとした。
時間がない。
言葉を詰まらせている場合ではないと、決意を新たにぐっと拳を握った。

「黄瀬くん?」

「ねぇ、みょうじさん」

話しかけたのはほぼ同時。
久しぶりに聞くみょうじさんの声に正直な俺の心臓が騒ぎ出すが、今は声を聞いて浮かれている場合ではない。
少し大きめの声で強めに名前を呼ぶ事で、無理矢理発言権を獲得した。
出発してから一度も逸らされる事のなかった目を、これまでのように…いや、これまで以上に強く見つめた。
俺を見るみょうじさんの視線を離さない。
離したくない。

意思が伝わったのか、みょうじさんが視線を逸らす事は今までと同様になかった。
離したくないのは何も視線だけではない。
言うんだ、俺の気持ちを。
緊張で乾いた唇をゆっくりと開く。
水分を求めてごくりと喉を上下させた。

「もう隠さない事にしたんスよ」

他の乗客の話し声や再び流れるアナウンスがどこか遠くに感じる。
未だにドア付近にいる俺たちの空間が遮断されたかのようだった。
静かだ、とても。
今しっかりと耳に入ってくるのは、自分の心臓の音と、俺とみょうじさんの二人分の呼吸音だけだった。
昨日までの臆病な自分とはここに来る前に別れを告げてきた。
だからこそ俺はここにいる。
そうだ、もう隠さない。
もう、隠せない。

「俺、みょうじさんが好きだよ」

時が止まった気がした。
動いているのは窓から見える景色だけ。
ここには俺とみょうじさんの二人きりだと思わせるような錯覚に陥るほど、今が二人だけの特別な空間のように感じた。
丁度ボール一個分ほど空いているみょうじさんとの距離。
友人の協力もあって、意気地のない俺がありったけの勇気を出してここまで詰めた。
友達じゃなくて、みょうじさんの特別になりたい。
あともう少し、ボール一個分近付く為に右手を差し出した。

走り続けていた電車の速度が緩やかになっていく。
あぁ、別れの時が近付いている。
例えここで別れても、どんなに離れる事になっても、君の一番近くにいるのは俺でありたい。
ずっと隣の席からみょうじさんを見てきた。
これからも隣で肩を並べて笑い合いたい。
みょうじさんを感じていたい。
ずっとずっと、好きだった。

だから、お願い。
もし君が俺を選んでくれるのなら、俺のこの手を掴んでみせて。


【終】

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point5「select me」という曲を引用して書かせていただきました。
語彙がないとか、オリジナリティがないと言われてしまえばそれまでですが、これ以上のフレーズが思いつかず、タイトルだけそのまま使用させていただきました。
個人的には引用の範囲内だと思っていますが、これも転載なようでしたらご連絡ください。対処します。
ご拝読ありがとうございました。