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07



合宿最終日、早起きをして合宿所を一人後にした。
走る電車に早くと急かす。
黒子に背中を押された夜、監督に頭を下げて一足先に帰らせてもらえる事になった。
俺はバスケを逃げる口実にしていた。
バスケが大切なのは本当の事だが、それを理由にみょうじさんから逃げていたに過ぎない。
みょうじさんへと募る想いは隠せるものではないと気付かせてくれた黒子には、世話になりっぱなしだなと苦笑した。

本当は仲間の輪の中から抜け出したかった。
その他大勢の俺でいいなんて嘘をついて、友達という殻に籠もっていた。
友達として皆で笑っていれば何も怖いものなんてないと思ってた。
仲の良い関係が永遠に続くんだと思ってた。
友達でいないとみょうじさんの無邪気な笑顔は見られないんだと思い込んでいた。
けれど友達のままでは手に入らないものがあると気付いた。
一緒にした勉強も、ヘアアレンジで喜ぶ姿も、他愛ない会話も、二人で聴く音楽も、全部友人として過ごしたかった訳じゃない。
嫉妬から始まり好きだと気付いた時から、みょうじさんを一人占めしたかった。
臆病で意気地のない過去の自分を責めて悔いた。
好きで、本当に好きで、俺だけのみょうじさんでいてほしい。

みょうじさんを想って窓の外を見ていると、ジャージのポケットから振動が伝わってきて携帯が鳴っている事を知らせる。
携帯を開くとディスプレイには受信メールの知らせ。
メールフォルダを開くと黒子からで、ぶちかましてきてくださいという内容に小さく吹き出した。
随分と過激なエールだ。
告白する事で関係が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
まさに今まで俺が告白を渋ってきた理由だが、気持ちを伝える事だけでもしたかった。
このまま終わらせたくはなかった。

電車を飛び降りて駅のホームを駆け抜けた。
みょうじさんの出発まであと5分。
クラスメイトたちが見送りに来ているはずなので、きっと駅のホームにいるだろうと予測して、適当に買った乗車券を改札に突っ込んだ。
流れる汗で濡れた前髪が視界を遮るので、邪魔になって掻き上げた。
早くみょうじさんの元に行きたいんだ。
会って言いたい事があるんだ。
気持ちを隠してきた見送るだけの意気地なしな弱い自分とはもうさよならだ。
そんな自分は、もういらない。

ホームに辿り着いて左右を見る。
奥に見慣れた人集りを見付けて間に合った事に安堵したのも束の間、みょうじさんを見送りに来ているクラスメイトたちに向かって足を踏み出したところで、発車を知らせるベルがけたたましく鳴り響いた。
せっかくここまで来たのに間に合わないと言うのか。
嫌だ、このまま行かせたくない。

右肩にかけた荷物が重い。
厳しい合宿での練習に耐えてここまでの道のりを走ってきた足はぱんぱんに腫れて痛い。
それでも力を振り絞って走った。
ドアが閉まろうとしてスライドし始める。
一歩下がって手を振るクラスメイトの間を割り込んで、閉まりかけたドアに手をかけた。
待ってくれ、俺の大切な人をまだ連れて行かないで。

もう先延ばしなんてご免だ。
今更だけど気付いたんだ。
気付けたんだ。
だからもう少しだけ待ってくれ。
頼むから間に合ってくれ。