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05



昼休みに俺は女子に囲まれて言われるがままになっていた。
ヘアアレンジで盛り上がっていた女子達が、黄瀬君もと言って俺の髪で遊んでいる。
持ち込んだヘアアイロンでストレートにしたり、後頭部で結ってみたり、逆毛を入れて盛り髪をしてみたりと大いに楽しそうだ。
モデル業のせいかファッションを楽しむのが好きな俺は、ヘアアレンジも嫌いじゃない。
むしろ好きで、鏡に映る自分の髪が次々に変わっていく様を見るのは楽しかった。
仕事でヘアセットしてくれるスタイリストを上手いなと思いながら眺める事はあったが、こうしてクラスメイトに髪をいじられるのはなんとも新鮮だ。
プロでなくとも上手いものだなと感心した。

「みんな何してるのー?」

次はどんな髪型にしようかと楽しそうにはしゃぐ女子達に、食堂から帰ってきたみょうじさんが寄ってきた。
昼食を終えて戻ってきたみょうじさんは空腹感を満たしてどこか満足そうだ。
皆に髪をいじってもらってると説明すると、楽しそうだねと笑うみょうじさんの手首に付けられているシュシュが目について、使わないならそれ貸してと指差した。
いいよと手渡された小さめのシュシュはレースをあしらっている白い物で、みょうじさんをより可愛く見せるんだろうなと思った。
席を立ってさり気なく隣の席に座った。
時間が経っているので感じる訳がないのに、みょうじさんの温もりを椅子から感じてなんとも言えない温かさが俺の心を包んだ。

「俺はもういいっスから、これでみょうじさんの髪アレンジしてみて」

受け取ったシュシュを女子達に渡すと楽しそうとはしゃいで、私はいいよと遠慮がちなみょうじさんを椅子に座らせた。
俺の席に座るみょうじさんを見て、異様に嬉しくなった。
なんて事はない席の交換に意味もなく綻ぶ顔を、口元を隠す事でやり過ごした。

出来た!と満足気に言う女子達が可愛いと声を揃える。
本当に可愛い。
緩くハーフに纏められた髪を彩る白いシュシュが、一層みょうじさんの可愛さを際立たせて目を奪われた。
初めて見るみょうじさんの髪型に吸い寄せられるように手を伸ばした。
一房掬って撫でるとさらりと手の中を滑っていく。
まるで俺の心情のようだった。
掴みたいのに逃げる事しか出来ない、弱虫な俺の心。

「似合ってるっスよ」

「ほんと?ありがとー!」

そして何でもなく嬉しそうに笑うみょうじさんにまた恋をした。
どうしてそんなに可愛いんだろう。
好きを隠してにっこりと笑ってみせた。

もうすぐ授業が始まる時間なので、渋りながらも皆自分の席に戻っていった。
お互いの席に座っていた俺とみょうじさんもいつも通り。
違ったのは俺の席から感じる君の温もり。
ほっこりして小さく笑った。

「ところで黄瀬くん、ちゃんと勉強してる?」

うっと言葉を詰まらせてそっと隣を見た。
三年になってから初のテストがもうすぐある。
部活休止の連絡を受けていたのでテストの存在は知っていたが、勉強嫌いな俺はなかなか手がつけられずにいた。
つまり全くと言っていいほど勉強出来ていない。

「こ、これからやろうと思ってたんスよ」

言い逃れしようとしどろもどろにやり過ごすが逃がしてくれる訳もなく、むっとして俺を睨むみょうじさんに若干仰け反った。
やばいとか怖いとか思うよりも先に、そんな顔も可愛いなと思った。
自分で思っているよりも重症のようだ。

「きーせーくーん?」

「本当に!本当にこれからやろうと思ってたんスよ!」

怒るみょうじさんに慌てた。
けれどきっと君は仕方ないなって笑って勉強を教えてくれるんだって知ってる。
みょうじさんに甘えようとした訳でも、みょうじさんの時間を独占しようとした訳でもない。
今までの経験上優しい君は見過ごせず付き合ってくれるんだろうなと思った。
その前にしっかりこってり怒られるんだけど。

「もう!いい加減にしなさいっ!」

ぎゅっと手に力を加えて耳を引っ張られた。
女子の力といえど耳は痛い。
あまりの痛さに涙が出るかと思った。

「いだだだだっ、痛っ!痛いってみょうじさん!」

浮かびそうになった涙を叫ぶ事で引っ込めた。
痛い。けれど、感じたのは痛みだけではなかった。

「まったく、仕方ないなぁ」

ふざけて耳を抓っていた手を離してみょうじさんが笑う。
ほらね、結局そうやって力になってくれる君はやっぱり優しい。
耳赤くなっちゃったねと言って今まで抓っていた耳を、ごめんねと謝りながらみょうじさんが撫でた。
感じたのは痛みだけじゃない。
君の肌や体温に直に触れてどきどきした。
指先だけでこんなにもどきどきするのはみょうじさんだけだ。

俺の耳が赤いのは、きっと君と触れ合ったせい。
みょうじさんを近くに感じたせい。