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04



年が明けて冬休みが終わり一年最後の過程、三学期。
自分の気持ちに気付いてからみょうじさんに会うのは初めてで、おはようと言うだけでとても緊張した。
今までどうやって接していたのか分からなくなった。
まごつきながらも緊張を吐き出すようにおはようと言うとおはようと元気に返してくれるみょうじさんが、不思議な事にいつもより可愛く見えて一人どきどきした。
これからは周りの男を蹴散らす為の予防なんかじゃない、俺が傍にいたいと思うから気持ちに正直にみょうじさんに話しかけた。

告白はしなかった。
しなかったというより、出来なかった。
みょうじさんに告白した男子の話をちょいちょい聞いてはいたが、OKが出た例を聞いた事がない。
俺としては喜ばしい話だが、自分にも当て嵌まらない話ではない。
俺も例外ではないと気付いた時には足が竦んで動かなかった。
俺の周囲の問題もあった。
これまで特定の女の子と深く関わる事を嫌っていた理由がある。
面倒はご免だと思うのは変わらないし、こんな汚い世界にみょうじさんを巻き込みたくなかった。
だったらこのままその他大勢の友人の一人として親睦を深めた方が、より確実に仲良く付き合っていけるのではないかと結論づけた。

友達のまま時は過ぎ、俺たちは二年生になった。
当たり前のように隣の席にいたみょうじさんとはクラスが別れてしまって、何度隣を見ても俺が望む人はそこにいない。
クラスが違うだけで話す機会はめっきり減った。
寂しさと物足りなさを感じたが、友達を保つにはいい距離かもしれないと思い直した。
たまに顔を合わせると会えなかった時間を取り戻すようにじゃれ合う。
周りから仲良いねと言われて柄にもなく浮かれた。
余計に会えない時間をもどかしく感たが、ぐっと耐えた。
そんな時はバスケに打ち込んで集中する事で精神を落ち着かせた。
バスケに夢中になっている間は何も考えずに頭の中を空っぽに出来て、大好きなバスケが尚好きになった。

一年をそうして過ごし三年生になった春。
隣を盗み見ると友人に囲まれて楽しそうに笑うみょうじさんの姿。
奇跡かと思った。
いくつものクラスがある中で、高校最後の一年を同じクラスで過ごせるなんてまさに奇跡だ。
二年前と変わらず俺の隣に座るみょうじさんの姿にどうしようもなくにやけてしまって、俺は俺でクラスメイトに囲まれて話に花を咲かせていたので、その話題に食らい付いて大袈裟に笑い飛ばす事で凌いだ。

「また同じクラスだね!」

帰り支度をしている時に隣の席から話しかけられて一時停止した。
顔を上げると声の主はやはりみょうじさんで、一年の頃と変わらない朗らかな笑顔が俺に向けられていた。
いや、嘘だ。
変わらない笑顔なんて嘘だ。
あの頃よりもずっとずっと可愛らしい。
二年の歳月がそう見せているのか、それとも単純に俺の色眼鏡がそう見せているのかは知らないが、みょうじさんの笑顔にどきっとした。
みょうじさんってこんなに可愛かったかとの胸中の問いに答えてくれる人は勿論いるはずもなく、どきどきと鼓動が早くなっていくだけだった。

「しかもまた隣の席っスね!」

俺はちゃんと話せているだろうか。
ちゃんと笑えているだろうか。
にやけたおかしな顔になっていたらどうしよう。
そんなだらしのない締まりのない顔をしていたらモデルの名折れだ。
自然に、いつも通りにと口の中で繰り返して平静を保った。と思っているが、本当に通常通りに出来ているのか不安だ。
なんのリアクションもないので、いつも通りの俺でいられていると信じた。

「またよろしくね、黄瀬くんっ」

「こっちこそ、よろしくっス!みょうじさんにまた勉強教えてもらえるーっ」

またよろしくなんて言いながらにっこりと笑ったみょうじさんに困って茶化した。
こうでもしないと抱き付いてしまいそうだった。
自分をセーブする為にも茶化してみせる事が必要だった訳だが、対して君はしっかりしろ受験生なんて言ってまた笑った。
高めの声で笑うみょうじさんの笑顔はやっぱり可愛くて、好きだなって再確認した。

帰宅途中、みょうじさんとまた同じクラスになれたと上機嫌で黒子にメールを送った。
この喜びを誰かに伝えたくて仕方がなかった。
おめでとうございますと簡潔な一言が返ってきて、黒子らしさに笑みが零れて、同時に幸せを噛み締めてまた笑った。
クラスが被っただけでこんなに幸せな気分になるものなのかとまるで他人事のように思ったが、嬉しい気持ちが勝って幸せなら何でもよく思えた。

いい一年が始まりそうなものの、今でも友人関係を保ったままの臆病な俺は告白するのを未だに渋っていた。
今が幸せならそれでいいなんて逃げている意気地のない、俺。