novels | ナノ

03



それから俺がどうしたのかというと、他の男をみょうじさんに近付けさせなければいいと考えついて、暇があればひたすらみょうじさんに話しかけた。
朝の挨拶は勿論、みょうじさんが手が空くであろう休み時間は死守。
放課後は必ずまた明日と声をかけた。
分からない所があれば勉強を教えてもらい、テスト勉強に付き合ってもらったりもした。
冬に入って始まった長距離走の体育の授業で頑張れとエールを送ったら、黄瀬くんも頑張れと返されて嬉しかった事を覚えてる。
苦手だろうが嫌いだろうが、みょうじさんに近付ける要素のあるものは何でも利用した。
努力の甲斐あって、今まで以上に仲が深まってきた気がする。
決して気のせいではないはずで、みょうじさんから話しかけてくれる事も増えていた。
次第にみょうじさんと過ごすのが当たり前になっていった。
しかしそれで完全に防げる訳もなく、ちらほらとみょうじさんの話を耳にした。
どこのクラスの誰々がみょうじさんに告白しただの、振られただの、くだらない。
くだらないと内心で一蹴しながらも振られたと聞くとほっとする自分がいた。
もっと防衛線を張らないとと焦っていた。

「もうどうしていいのか分かんないっス」

ウィンターカップを終えた後、再び黒子と出かけていた。
どんなにみょうじさんと仲を深めても彼女への好意は絶えない。
噂に聞く限りではだが。
それでも噂は少なからず俺にダメージを与えた。
いつか誰かに取られてしまうのではないかと不安で堪らなかった。
以前話を聞いてくれた黒子なら事情を知っている訳だし、また話を聞いてもらおうとこうして会いに来た訳である。

「何がですか?」

「みょうじさんの事っスよ!前に話したじゃないっスか!」

それなのに黒子は覚えていなかった上に、あぁとまた何でもないように相槌を打つ。
確かに話を聞いてくれるが、つれない。
思い出してくれたようなのでいい事にして、本題である嫉妬について話を切り出した。
これまでの経緯とこれからの不安を正直に話す。
からかうでもなく茶化すでもなく話を聞いてくれる黒子は、本当に頼りになって有難い。
例え俺の話を忘れていたとしても。

「付き合えばいいじゃないですか」

話を終えてどうしたらいいのか分からないと繰り返し溜息を漏らすと、これまた考えた事もない突拍子な事を言われて何を言っているのか分からなかった。
理解するのに時間を要したが、どんなに時間をかけて考えても結局理解は出来なかった。
何をどう聞いてその結論に至ったのか、頭の弱い俺にも分かるように説明してほしい。

「なんで付き合う事になるんスか」

みょうじさんは友人として好きな訳であって、彼女にしたいと考えた事は一度もない。
どうして人は何でも色恋に繋げたがるのか。
男女間に友情なんてないとでも言いたいのだろうか。
男女だって良い友人関係を築けると知っている人は少ないのかもしれないが、俺と桃井がいい例だろう。
男女の間にも友情はある。
なにも恋情だけではない。
それなのに感情の起伏が少ない黒子が驚いているとはっきり分かる。

「もしかして黄瀬君、気付いてないんですか?」

「?何にっスか?」

みょうじさんを知らない黒子に分かって、俺には分からない事があるのだろうかと首を傾げた。
一体黒子は何に驚いているのか分からない。
何に気付けていないのかも分からない。
不安要素を取り除く方法も分からない。
分からない事だらけだった。
浮かんでくるのはクエスチョンマークばかりでちっとも前に進めない。
前に進む方法を黒子が知っているというのなら教えてほしかった。

「いいですか、僕が今からする質問にはいかいいえで答えてください」

「はぁ…」

答えを教えてくれると思っていただけに、唐突に始まった質問ラッシュに間抜けな声が出た。
これも分からない事だらけの現状から抜け出す為に必要な事のようだし、言う通りにしようと大人しく質問を受けた。

黒子から提示された設問は全部で11項目。
声が聞きたい
メールの返信が気になる
他の奴と仲良くしてるといらいらする
触りたい
共通点があると嬉しい
訳もなく涙が出る
夢に出てくる
時間が早く感じる
風呂が長くなる
最近よく笑うようになった
好きかもしれない
以上の11問。
俺がはいと答えたのは11問中7問。
なかなか多いなと客観的に思った。

「今の質問に三つ以上当て嵌まる人は、その人が好きな証拠ですよ」

「…は?」

「好きなんですよ。黄瀬君は、みょうじさんが」

そんな馬鹿な、信じられないと鼻で笑った。
もう一度言うが、みょうじさんは大切な友人だ。
それ以上でも以下でもない。
ただ大切な友人が取られてしまいそうで特定の相手を作ってほしくないと思ったし嫉妬もした。
特別な感情なんてない。絶対に。

「君はモテるくせに鈍いですね」

呆れたように溜息を吐いて言う黒子にむっとした。
その辺の男よりかは恋愛事情に精通していると思っている。
きっと自惚れではない。
体験が証明している。

「嫉妬に気付いた時点で気持ちにも気付いていいはずですよ」

他の男と話している姿を見たくない。
それはつまり自分を見てほしいという独占欲からくるもので、独占欲に掻き立てられるという事はそういう事なのだと淡々と話す黒子を呆然と見た。
もっと言えば、自分のものにしたいという独占欲が原因でみょうじさんに寄り集まる周囲の男を警戒していたのではないかと続けられた言葉に頭の中が真っ白になった。

「みょうじさんが、好き…」

混乱した頭で黒子に言われた台詞を声に出して繰り返した。
傍にいたいと思うのは好きだから。
声が聞きたいと思うのも好きだから。
好きだから嫉妬もするし、偶然同じストラップを持っていたなんて些細な事に喜びを感じる。
そうか、これが好きという感情か。
好き、ともう一度呟くと、熱がこもっていく感覚に両手で顔を覆う事で耐えた。
やっと分かった。
やっと理解した。
好きだったんだ、君が。

味わった事のない胸の高鳴りに、嘘だろと深く息を吐いた。
気付けてよかったですねと言う黒子の顔を指の隙間から見ると、優しい笑顔を浮かべていてまた息を吐く。
初恋だった。
しばらくして顔から熱は引いたものの、耳は赤く染まったままだった。