novels | ナノ

02



海常高校に入学してから三年目。
新しいクラスメイトに囲まれながらちらりと隣を盗み見た。
隣の席には二年前と同じように座るみょうじさんの姿。
みょうじさんはみょうじさんで友人に囲まれて談笑していた。
また同じクラスになれた事実に喜びが湧き上がってきて、どうしようもなくにやける顔をクラスメイトとの話題を笑い飛ばす事で凌いだ。

二年前、一年生だった頃、みょうじさんとは同じクラスだった。
出席番号の関係で席は隣同士。
女子と話す機会が前から多かった俺は当時なんとも思わなかったし、自分から女子と関わる事を嫌っていた。
モデルという職業につられて話しかけてくる女子は今でも多い。
職業でなければ顔につられて近付いてくる子ばかり。
話しかけられれば相手をするが、極力面倒は避けたくて用がない限りは自分から話しかける事はなかった。
別に仕事が嫌いな訳ではないし女の子が嫌いな訳でもない。
ただ揉め事はご免だった。

そんな俺がみょうじさんと初めてまともに話したのは、オーラルコミュニケーションという英会話を重視した授業だった。
隣の人と英作文を読み合えと言う教科担当の教師に苦い顔をした俺に、丁寧に対応してくれたのがみょうじさんだった。
それから授業を切っ掛けによく話すようになった。
話してみて分かった事だが、みょうじさんは実に話しやすい人だった。
ころころと変わる表情で軽快に話すみょうじさんは友人も多かった。
俺もその中の一人なんだと思うとなんだか嬉しかった。
男女共に人気のある人だった。

冬に差し掛かろうとしていた頃からだっただろうか。
みょうじって可愛いよなと話す男子が増えてきていて、そんな男共の話を聞く度に何故か異様に胸がむかむかした。
耳にすればするほどつまらない。
みょうじさんが俺以外の男子と楽しそうに話をしている姿を見るのもなんだか嫌で、勉強はあまり好きではないのに、唯一彼女と過ごせる授業中が一番落ち着いた。

「それって嫉妬じゃないんですか?」

「は?嫉妬っスか…?」

再会してから改めて連絡先を交換した黒子とマジバに来ていた日、自然と口をついて出てきた話題はみょうじさんだった。
なんだかんだ言いながら話を聞いてくれる黒子は、面倒そうにしながらも休日を共に過ごす相手になってくれていたのだが、みょうじさんの話をすればするほど近況をぐちぐちと続けてしまって、これ以上はもうやめようとオーダーしてあったウーロン茶を口に含んだ俺に思いもしなかった指摘が飛んできた。
銜えていたストローを思わず離した。

自分で言うのも何だが、ある程度は何事もこなしてきたし女性に困った事もない。
そんな俺が嫉妬とは、なんの冗談だろう。
まさかと笑い飛ばして再びウーロン茶で喉を潤した。
なんだかやたらと喉が渇いて、あっという間に少なくなったウーロン茶が入った容器がとても軽い。

「だって黄瀬君、そのみょうじさんという人が他の男子と話していると嫌なんでしょう?」

「嫌っていうか、面白くないっス」

黒子の質問に教室での光景を思い出して顔を顰めた。
何度見てもいらいらとする。

「もしですよ?もしみょうじさんに彼氏が出来たら、黄瀬君はどうですか?」

みょうじさんに彼氏が出来るかもしれない、なんて考えた事もなかった。
どこの誰だか知らない男と…いや、知っている男であっても、みょうじさんが他の男と特別仲が良くなるなんて考えたくもない。
かっと目の奥が熱くなった。

「だめっスよ、そんなの」

自分でも分かるくらいに低い声が出たが、こんな声も出たんだなんて冷静になる余裕はなかった。
ただただ、どうしようもなく嫌だった。
何をかは分からない。
多分みょうじさんの彼氏になるかもしれない男にかもしれない。
許せなかった。

黙って聞いていた黒子が黄瀬君と俺を呼んだ。
澄んだ水色の双眸と目が合うと、お気に入りのバニラシェイクを飲みながら何でもない事のように黒子は言った。

「それを嫉妬と言うんですよ」

もう否定は出来なかった。
黒子に習って残り少ないウーロン茶を飲み干し、頭と心を落ち着かせた。
冷たい飲み物のおかげで少しずつ荒れた心が静まっていく。
嫉妬か、とぼそりと小声で呟くと、ずっと感じていた不可解な感情がしっくり当て嵌まる気がした。
なんとなく窓の外を眺めてこの嫉妬心を打ち消すにはどうすればいいのか考えを巡らせてみたが、ぼーっとした頭ではいい案は思い付かなかった。

黒子と別れて家に帰ってからもみょうじさんが頭から離れる事はなくて、しかし妙案は浮かんでこないままだった。
憧れた事はある。
青峰に憧れ、焦がれたからこそ俺はバスケを始めた。
今までもこれからも青峰のバスケの才能に尊敬しても妬む事はない。
感じた事のない気持ちをどう対処していいのか分からない。
人生で初めての嫉妬だった。