冬
大好きな秋も過ぎて冬。
寒さが肌に痛く感じるようになった。
秋のうちに済ませた衣替えと囲炉裏の準備のおかげでしっかり暖をとれているが、朝のうちはやはり寒さが身に沁みる。
私たちの朝は早い。
というのも、一さんが仕事に向かう時間に合わせて朝の仕度をすると、自然と早まってしまうのだ。
起きる時に布団が恋しくて離れがたくなるが、怠ける訳にはいかないので己を叱咤して冷たい水で目を覚ます。
朝餉を用意して、お弁当を手渡して、玄関までお見送り。
「では、行ってくる」
いつもと同じように仕事へ向かう一さんを見送ろうと玄関の戸を開けると、ふわふわと空から降りてくる雪が見えた。
「わぁ、雪ですね」
今年の初雪だ。
雪とはどうしてこう見るだけでわくわくするのだろう。
しんしんと雪が降り続ける空に向かって手を差し出した。
私の手の平に落ちた雪は、瞬間ひんやりと私の手を冷やしてすぐに溶けていく。
一瞬の冷たさがなんだかくすぐったかった。
辺りを見回すと葉に霜が降りて真っ白だ。
一面白くなるのも時間の問題だろう。
「雪と戯れるのもいいが、風邪を引かないようにな」
笑われてしまった。
少し子供っぽかっただろうか。
「はい。一さんもお気をつけて」
遠ざかる背中を見届けて日常に戻った。
雪にはしゃいでいる場合ではない。
やる事は沢山あるのだ。
よし、と一つ気合いを入れて、私は私の仕事に取り掛かった。
それでも夕飯の買い出しから帰ってくると、予想通り積もっていた雪に心躍らずにはいられなかった。
ちょっとだけ、ほんの少しだけ遊んでしまえと夕飯の仕度もそこそこに雪と向かい合った。
長時間ずっと雪を触っていると流石に冷たい。
はぁっとかじかむ手に吐息を吹きかけて温めるとまた雪をいじってを繰り返した。
「風邪を引かないように、と言ったはずだが」
完成まであと少し、というところで降り続けていた雪が止んで影が現れた。
原因を突き止めようと上を向くと、番傘が雪から私を守ってくれている。
傘を差し出してくれた人を見ようと後ろを振り向けば、仕事帰りの一さんがそこにいた。
もうそんな時間か。
夢中になっていて気が付かなかった。
「おかえりなさい、一さん」
返事もなしに一さんは私の手に触れてきた。
かじかんだ私の手を取ると思ったより冷えていたようで、一さんが眉を寄せた。
自分ではあまり分からないものだ。
一さんの手が温い。
いや、私の手が冷たすぎるだけかもしれないが。
「体が冷えている。早く部屋に戻った方がいい」
「でも、あと少しなんです」
もう少し、と呟きながら黙々と雪を集める私を、溜息を吐きながらもじっと見守ってくれる一さんに感謝した。
寒いにも関わらず一緒に外で待ってくれている。
早く仕上げなければと、せかせかと手を動かした。
「出来たっ!」
程なくして完成した声を上げると、どれと隣に一さんが座り込んだ。
空気が冷たいからだろうか。
一さんが傍にいるからだろうか。
隣にいるだけで温かく感じる。
「雪だるまを作っていたのか」
作り上げた満足感が込み上げてきて、はいと笑顔で答えた。
寄り添うように二つ並べて作った雪だるま。
自作だからか可愛く感じる。
出来上がったばかりの雪だるまに習ってぴったりと一さんに寄り添った。
空気を伝って感じた温かさがじかに伝わってくる。
「仲良し、ですよ」
温かさが頬にまで伝わったようだ。
降りしきる雪のおかげでかじかむくらい寒いというのに頬が熱い。
少し大胆だっただろうか。
この二つの雪だるまは、私と一さんを想像して作った。
だからこそ体を案じてくれていると分かっていても最後まで作り上げたかったのだ。
これからもこうして寄り添って生きていきたいという願いを込めて並べた雪だるまの片方に、後で布を巻いてあげよう。
以前一さんが首元に巻いていたものを真似て。
来年も、再来年も、ずっとこうして貴方と四季を感じて過ごしたい。
【完】
参考文献、枕草子