novels | ナノ




今日も仕事に出掛けた一さんの帰りを家で一人待っていた。
この時期この時間帯は、縁側でお茶を頂きながら景色を楽しむ。
こうしていると待っている時間なんてすぐだ。

「なまえ。またここにいたのか」

ほら、時間が経つのが早い。
普段あんなに待ち焦がれている一さんの帰りがとても早く感じる。
実際はいつもと変わりないのだろうが。

「おかえりなさい、一さん」

「あぁ、今帰った」

飽きないなと言いながら隣を陣取る一さんも飽きていないのだろう。
この時間、丁度一さんが帰宅する頃合いに、縁側から眺める景色は絶景だ。
沈む夕日につられて立ち並ぶ山々までが赤い。
その手前には、赤々と色付いた葉を庭でそよ風に踊らせる紅葉。
赤に赤が映えてとても美しい。
赤い空を連なって飛んでいく鳥の姿が見えた。
きっと雁達だろう。

「雁も今から帰るところみたいですね」

真っ赤に燃える陽に映る雁は影となって現れる。
小さくなっていく様を見届ける時、いつも一枚の絵のように思えてならない。

秋はこの日暮れ時が一番好きだ。
一番秋を感じられる時間な気がするのだ。
耳を澄ませば鈴虫がりんりんと可愛らしく鳴いている。
いつ聞いてもなんとも涼しげで美しい音色だ。
目を閉じてしばらく聞き入った。

「なまえ」

静かに呼ばれてそっと目を開く。
一さんを見ると茶器を指差して微笑んでいるではないか。
私が目を閉じていた短い時間の中で、何があったのだろうと指の先を辿る。
そこには、私が飲んでいたお茶の中に一枚の秋の葉。
紅葉がゆらゆらと浮かんでいた。
なんて趣のある事だろう。
嬉しくなって一さんを改めて見ると目が合って、くすくすと二人で笑い合った。

「秋、ですね」

「明日二人で出掛けないか」

「え?」

「休みを貰えたんだ。紅葉狩りにでも行こう」

これはまた嬉しい知らせだ。
たった今身近に感じた秋を、明日はもっと近く感じられるのか。
何より、明日は朝から晩まで彼と一緒だ。
嬉しくないわけがない。
どこへ行こうか。
少し遠出して小川の辺りまで行ってみようか。
今から胸が弾む。
一さんとの思い出が、また一つ増えるのだから。

「お弁当、用意しますね」

秋らしく栗ご飯にでもしようか。
川辺で水のせせらぎを聞きながら、鮮やかな紅葉に囲まれて食事を頂く。
なんという贅沢だろう。
想像して頬を緩ませた。

「それは楽しみだ」

楽しみにしているのは自分だけではないと分かって、嬉しさは倍増だ。
今まではなんとはなしに過ごしてきたが、秋は私が一番好いている季節である。
それを知ってか知らずか、わざわざ予定を入れてくれた一さんに感謝だ。

そっと一さんの手に己の手を重ねた。
じんわりと体温が移って温かい。
うきうきと弾む心に任せて、にっこりと一さんに向かって微笑んだ。
ごほん、と一つ咳払いをして秋の景色に目を向ける彼の顔が、夕日に染まる空と同じ色をしていて、可愛らしさにまた笑った。

「私も、楽しみです」

晴れれば見事な景色も、雨が降っては台無しだ。
残念ながらこの時期は雨が降る確率が高い。
縁側から眺める分には雨の降る様もまた風情があって悪くないのだが、出かけるとなれば話は別だ。

どうか晴れますようにと、心の中で祈った。