novels | ナノ

染入る声



彼氏に振られて失恋した。
クリスマスに振られるとは思ってなかったからショックはより大きい。
大好きなのに、そう思っていたのはどうやら私だけだったようだ。
流れっぱなしの涙を拭く事もせずに、肩を落としたまま彷徨い歩いた。
前を向く気になれずに下ばかりを向いて歩く私を人が避けて通る。
そんな事さえ気にならなくて、何もかもがどうでもよかった。
冬の寒さが身に染みる。
悲しくて、辛くて、身も心も寒かった。

気付いたら私は公園にいた。
ふらふらと歩き回っていたら辿り着いたようだ。
辺りを見回す為に顔を上げると闇が濃い。
久しぶりに地面以外の物を視界に入れた気がした。
冷たく澄んだ空気を吸い込んで、少し気持ちを落ち着ける。
立ち直るにはまだ時間がかかるだろうけど、こうしていても仕方がない。
どうやら大分時間が経っているようだし、これ以上遅くならないうちに家に帰ろう。

「おい、みょうじってお前か」

急に背後から声をかけられてビクッと体が跳ねた。
こんな夜に自分以外の人が公園にいるとは思わず尚驚く。
振り返ると、声の主は同じクラスの青峰だった。
どうして青峰が私を知っているんだろう。
記憶を辿っても言葉を交わした覚えはない。
ただ、友人のさつきから話は聞いていたし、彼は目立つので一方的に知っている。
そこまで思い起こして気付いた。
もしかして青峰もさつきから私の話を聞いていたんだろうか。
だとしたら納得だ。

「そうだけど、青峰君はこんな所でどうしたの?」

「どうしたもこうしたも、お前探してたんだよ」

青峰が私を探すとは、大した面識もないのに一体何故。
訳が分からず首を傾げていると、察した青峰君が面倒そうに溜息を吐きながら近寄ってきた。

「みょうじがまだ帰ってねーって、さつきがうるせぇんだよ」

なるほど、それでさつきに頼まれて青峰が私を探しに来たという訳か。
青峰がここにいる理由は分かった。
けれど、どうしてさつきが私の不在を知っているのだろう。
今日は彼氏に会うと言ってあったし、もしかしたら泊まりだったかもしれないのだからそう心配する事でもないだろうに。
振られた今となっては有り得ない事だけども。

「どうして、さつきが…?」

「さつきに親御さんから連絡あったんだと。まだ帰ってないけど、うちの娘知りませんかってな。連絡も入れずに無断外泊する子じゃないって言ってたぜ」

はっとして携帯を取り出すと、家族とさつきからメールと着信の履歴でいっぱいになっている。
周りが見えてなさすぎて心配をかけてしまった。
深く反省した。
早く帰って安心させないと、心配してくれた皆に申し訳ない。

「ごめんね、青峰君にまで迷惑かけて」

「ほんとにな」

全く感情を隠さない彼に苦笑した。
けれど今はそんな青峰君の対応を楽に感じた。
気持ちを隠して付き合われるより、ずっといい。

「で、もう気は済んだのか?」

何の話だろうと首を傾げた。
徘徊は済んだかと聞かれているんだろうか。
質問の意味が分からず口篭っていると、伸びてきた手に涙を拭かれた。
そういえば泣きっぱなしでそのままだった。
拭ってから顔を見せればよかったと悔いて、涙を拭かれた事に驚く。
武骨な手が見た目とは裏腹に優しい。
青峰の優しさに、一度は納まった涙がまた浮かぶ。
黒く陽に焼けた指を、新たに流れた涙が濡らしていった。

「私ね、振られたの。大好きだったのに、振られちゃった…っ」

言うつもりもなかったし、泣くつもりもなかった。
なのに涙と共に溢れた想いは止まらない。
せめて見られないように顔を覆おうとしたら、青峰の大きな手に視界を塞がれた。
手から伝わる温もりに、また涙が出た。

「見ねぇでいてやるから、今のうちに泣いておけ」

そんなに優しくしないでと思う反面、人の温もりが有り難かった。
感情が昂ぶって、耐え切れずに青峰の手をぎゅっと握って、わんわんと大声で泣いた。
泣き止むまでただ黙って傍にいてくれた青峰に、心から感謝した。

「おい、みょうじ」

泣き腫らした目を擦る私を呼ぶ青峰に目を向けた。
当分青峰には頭が上がりそうにない。
そんな彼は突然私の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
ぞんざいな撫で方のおかげで頭がぐわんぐわんする。
何するのと抗議の声を上げると、にっと笑った青峰の笑顔に視線が吸い寄せられた。

「泣いたら笑え」

青峰の言葉が、声が、優しさが、すぅっと心に染みていく。
にっと笑う青峰に、そうすると笑い返した。
笑おう。
そしてまた明日を始めよう。
ありがとう、友人の幼馴染み君。

これが切っ掛けとなって彼と付き合う事になるのを、この時の私はまだ知らない。
今思えば、これこそがサンタからのクリスマスプレゼントだったのかもしれない。

****************************************
2013年クリスマス。