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本番は冬



編み物が好きだ。
というより、裁縫全般が好きだ。
ミシンを使ってポーチやコースターの小物から簡単な服を作ったりもする。
今はいつも使っているミシンではなく、編み棒を手に取り二種類の赤い毛糸を巧みに操っている。
編みながら考えるのは、完成品を渡そうとしている相手の事。
毛糸と同じ髪の色をした彼は受け取ってくれるだろうか。
二色の赤を織り交ぜながら馳せる想いは終わりを知らない。
少しでも手が空けば毛糸と時間を共にしていた。

「編み物、ですか?7月に」

同じクラスの黒子君に問われた質問は、これが初めてではない。
いや、黒子君に尋ねられる事自体は初めてなのだが、他多数に同じ事を問われている。
真夏に差し掛かろうというこの時期に、編み物をしている姿は余程珍しいのだろう。
自分でも他にあっただろうと思いつつ、これが一番ピンときたのだから仕方がないと笑顔を零した。

「7月だからだよ」

「あぁ、もしかして七夕ですか」

本好きな黒子君はなかなか博識だ。
7月に編み物、というヒントだけで七夕に繋げる人はそういない。
博識と言っても、私の彼氏には劣るかも、なんて色眼鏡がかかっているのかもしれない。
昨年まで特に気にする事のなかった七夕というイベントが、今年になって無視出来なくなった。
織姫と夏彦に自分等を重ねて、勝手に親近感を持ったせいだと分かってはいる。
特別な行事という訳でもないが、おかげで何かしたくなったのは事実だ。
あえて編み物を選んだのは、有名な七夕説になぞっての事だった。
かの織姫が達者な織女だった為に、手芸上達を願う祭りが過去催されていたらしい。
私もそれに習い、時期外れの編み物を手にした訳だ。
あやかれるものならあやかりたい。

「彼にも伝わるか不安だけどね」

「赤司君ならきっと気付きますよ」

無駄に察しがいいですし、と口にした黒子君は溜息混じりで、苦い思い出が反芻されているかと思うと笑いを堪え切れなかった。
彼氏と呼べる人、赤司君とは、高校を違えて離れ離れになった。
そんなに頻繁にしても迷惑だろうと思い、メールもあまりしていない。
思い立った時に何通かやり取りしているだけだ。
会いたくとも東京と京都の距離が邪魔をする。
せめて想いを伝えたくて、七夕に乗っかる事にしたのである。
我ながら、惚れるとはこれかと呆れにも似た息を吐く。
それが嫌ではない、というのがまた末期だと思う。

「もしかして、マフラーですか?」

「うん、よく分かったね」

「そこまでいったら、天の川を編んでいるのでは…と思ったものですから」

赤司君を察しがいいという黒子君も、なかなか察しがいい。
どうせなら七夕づくしにしてみようと思ったのが裏目に出たのか、分かりやすすぎたらしい。
子供っぽい事をしただろうかと恥ずかしくなってきた。

「次に会えるのは冬だろうなって思ったのもあるよ」

嘘は言っていない。
だからこそマフラーにしようと決めたのだ。
決め手は天の川であったので、言い訳がましくなってしまうのは仕方のない事だが。
それを黒子君は、素敵ですねと言って笑った。
からかわれると思っていたばかりに拍子抜けだ。
恥ずかしさに、そうかなと言いながら俯いた。
そうですよと黒子君が追ってくる。
だって、と続けた黒子君の笑顔に、元気づけられた気がした。

「冬でも君達の周りは星に囲まれているって事ですよ」

気がしたのではない、確かに元気づけられた。
彼はこのマフラーを着用して会いに来ると、安易に言ってくれている。
ありがとうと微笑みながら、このマフラーで暖をとる赤司君を想像して、一段と会いたい想いが募った。
私の七夕の本番は、雪が降るような寒い冬。

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2014年七夕。