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あなたにたくさんのキスを



※死ネタ注意


祖母の死から看護師を目指していた私は、目標達成し晴れて看護師になった。
少しでも多くの人を救いたいと思って就職したにも関わらず、私は大切な人を失う経験を繰り返した。
これで人生二度目だ。

死の直前に恋人同士になった高尾さんをじっと眺めた。
何も考えられずぼーっと冷たくなった高尾さんを眺め続ける。

容態が一変した時に連絡を入れた高尾さんのご家族は、彼が息を引き取ってから到着した。
言葉もなく泣き崩れる姿をただ見ているしか出来なかった。
高尾さんの病状を知っていたのは担当医師である緑間先生と他少数の医師だけだったと、赤く目を腫らした緑間先生が教えてくれた。
誰にも言わないでくれと、高尾さん本人からの頼みだったと言う。
ご家族にも隠していたらしいが、そういう訳にはいかないと一家の大黒柱である父親には知らせていたのだと、悲しみに暮れる家族の様子を見ながら力なく話してくれた。
泣くのはいなくなってからで充分だと高尾さんが言っていたと聞いて、彼はどこまで優しい人なんだろうと思った。
そして残酷な人だと思った。

涙が止まらないまま帰っていったご家族を見送って、今こうして高尾さんと二人きり。
眠ったままの彼の顔は笑顔。
とても安らかな顔だった。
それだけがせめてもの救いだったのかもしれない。

恋人になった瞬間に私達は別れる事となった。
勿論恋人らしい事なんて出来る訳もない。
しかし彼が亡くなってからまだ数時間。
高尾さんがまだ近くにいるようなそんな気がして、彼の頬に手を置いた。
肌を感じて落ち着いたはずの涙がまたじわりと滲み出すが構わず顔を寄せた。
唇と唇を合わせる。
一度離れて高尾さんの顔を見つめると、もう一回口付けた。

高尾さんは見ているだろうか。
見えているだろうか。
近くにいて、これが見えていたらいい。
私たちは今、初めて恋人同士のキスをしているのだから。

最初で最後のキスであり、最初で最期の恋人同士の愛情の印。
恋人らしい事が出来てよかった。

初めてのキスは冷たい体温のない感触を伝えてきて、最期のキスは涙に濡れてしょっぱかった。
それでも何度も何度もキスを贈った。
持っていってほしい。
そして届いて。

貴方に沢山の私の愛情を。

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お題提供:雪華「あなたにたくさんのキスを」

「あなたの恋人にしてくれますか」の続きです。