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大好きって言ってきてよ



事の発端は、休み時間に皆で遊んだトランプゲームだった。
部屋の掃除をしていたらトランプを見付けて懐かしくなったクラスメイトが、学校に持ってきて遊ばないかと誘ってきたのである。
選んだゲームは無難にババ抜き。
複数人で盛り上がるには最適だろうと満場一致で決まった。
慣れた手付きで配られていくトランプを眺めながら一人のクラスメイトが言った。
普通に遊んだだけでは面白味に欠けるので、負けた人に罰ゲームを与えようと。
それは面白そうだと悪ノリした結果がこれだ。
絶対に負けられないと思っていたのに、見事にババを引き当ててしまった。
私の手にジョーカーを残してゲームは終了した。
罰ゲームとやらを受けねばならない。
この不運を信じたくなくて、手の中にあるジョーカーを呆然と見つめた。

私を蹴落として勝ち上がっていったクラスメイト達が罰ゲームを何にしようかときゃいきゃいとはしゃいでいる。
こんなはずではなかった。
私の脳内計画ではあの輪の中に私も混ざって罰ゲームの相談をしていたはずだ。
一体どんな罰が下されるというのだろう。
考えれば考えるほど恐ろしくて、みるみるうちに顔色は青く変わっていった。
まるで死刑宣告を待っている気分だ。
大した罰ではありませんようにと願ったが、その願いは届かなかったようだ。
口角を上げてにやりと悪い笑みを浮かべるクラスメイト達を目にしてぶるりと体を震わせた。

皆が決めた罰ゲームの内容は、私にはとてもハードルの高いものだった。
転校してきて間もないというのに絶大な人気を誇る氷室に告白してこいと命じられたのだ。
まず皆に問いたい。
何故私が氷室が好きだと知っているのか。
実際に問えば私は分かりやすかったらしく、見ていれば分かるほどにバレバレだと呆れられた。
なんて恥ずかしい。
穴があったら入りたい。

氷室とは特に接点がある訳でもなく、クラスが隣というだけだ。
それでどうして好意を抱いたのかと聞かれたら、至極単純すぎる理由なので言い辛い。

とある日、移動教室なのを忘れて慌てて廊下を走っていたら、階段に差し掛かった時に慌てていたあまりに階段を踏み外してしまった。
しまった落ちると思った時には既に体が落下し始めていたものの、落ちても体に衝撃がない。
おかしいと思って恐怖のあまり閉じてしまった目をそっと開けると、一本の腕に抱き止められていた。
突然の出来事に何が起こったのか把握しきれずにいると、大丈夫?と頭上から声がかかってやっとこの人に助けられたのだと理解した。
とりあえず助けてもらった礼を言わねばと急いで体を起こして自分の足で立つと、助かりましたと一度頭を下げてから相手を見上げた。
かけられた声から男子だとは思っていたが、まさかこんなに見上げる事になるとは思わず、背の高さにまた呆気にとられた。
何より、よかったと言いながら見せた彼の笑顔に呆けてしまったのだ。
急いでいるから礼は改めてしたいのでクラスと名前を教えてくれと言うと快く教えてくれた彼の名は氷室辰也。
このなんて事はない、しかし私にとって大事件だった出来事が切っ掛けで氷室に想いを寄せる事になったのである。

惚れやすすぎだろうとも言われたが、あれだけの美男子にあんな漫画のような助けられ方をされたら仕方がないと思う。
私自身もそうかしていると思わなくもない。
けれど好きになってしまった気持ちはそうしようもない。

クラスメイト達は罰ゲームを機会に告白しろと言う。
告白を考えた事がなかったしする勇気もない。
氷室にしてみたら些細な出来事であったろうし、私の事なんて覚えてはいないだろう。
大体ただでさえモテるのに知らない女からいきなり告白されても、氷室は困るだけだろう。
優しい彼は対処を怠らないんだろうけども。
私はただ、毎日部活に励む氷室を影ながら応援出来ればそれでよかった。
しかし罰ゲームを免除してくれそうにもない。
困った。

とりあえず会うだけ会ってみようとノリノリなクラスメイトに隣のクラスまで引っ張っていかれた放課後。
氷室はバスケ部なのでもう教室にはいないのではないかと思ったが黙っておいた。
氷室の姿がなければ皆も諦めて罰ゲームは持ち越しになるだろうと思ったのだ。
思ったのだが、そう上手くはいかなかった。
隣のクラスを覗くとお目当ての彼はいた。
机に突っ伏してる所を見ると、どうやら寝ているようだ。
疲れているのだろうか。
それを配慮しての事なのか、教室内には氷室一人だった。
チャンスだと皆が口々に言うが、わたしには何もよろしくない。
無理だと首を横に振り続けていると、ではこうしてはどうかと提案をしてきた。
それは、眠っている氷室の耳元で大好きと言ってこいという提案内容で、面と向かって言うよりかは出来る気がする。
しかし言った拍子に氷室が起きてしまったらどうしてくれるのだと抗議したものの、それなら当初の予定通りになるだけで万々歳だと言う。
他人事だと思って軽く言ってくれる。

唸りを上げて睨み付けても成果は何もなく、結局提示だれた案を実行する決意をした。
起こさないようにゆっくりと慎重に近付いていく。
目の前に立つと腕に隠れていた顔がはっきりと見えた。
美男子は寝顔も綺麗で、緊張に拍車がかる。
ちらっとドア付近を見ると、いけ!とジェスチャーを送ってくるクラスメイト達。
いけと言われても結構緊張するんですが。

改めて氷室を見た。
やはりよく寝ている。
こうなったらこのまま寝ているうちにささっと済ませて逃げてしまおう。
本当に言わずとも、フリだけしてクラスメイト達を誤魔化せればそれでいい。
起きませんようにと何度も心中で唱えながら氷室の耳元に顔を寄せた。
どくんどくんと鳴る心臓の音が静かな教室に響き渡っているかのような錯覚。

「だいすき」

言った。
言ってしまった。
つい空気に飲まれて本当に言ってしまって、自分の声に我に返った。
早くここから去らなければと赤い顔を隠す余裕もなく一目散に駆け出した。
いや、駆け出そうとした。
しかし身動きがとれず何故が頭の中でぐるぐると回った。
原因を突き止めようと振り返ると制服の裾を掴まれていて、それが出来るのはここのただ一人。
そんな、まさか。
彼は確かに寝ていたはずだ。

ごくりと喉が鳴った。
私の制服を掴む手をそっと視線で辿ると先程まで寝ていたはずの彼と目が合った。
今ので起こしてしまったのだろうか。
私の思惑通りにはとことんいかないらしい。
何を言われるのだろうとビクビクしたがここは先手必勝だ。
先に言ってしまえ、ごめんなさいと。
急に寝込みを狙うような事をして良く思われる訳がない。
あぁ、なんで本当に言ってしまったんだろう。

「こうして話すのは久しぶりだね、みょうじさん」

謝ろうと開いた口は氷室が発した言葉によって開いたまま止まった。
覚えててくれたというのか、あのたった一瞬と言える出来事を。
信じられない、こんなに嬉しい事があっていいのだろうか。

「さっきの、もう一度言ってくれないかな。もう一度聞きたいんだけど」

こんなに都合のいい事があるのだろうか。
もしあるのなら、私はそれに縋ってみてもいいだろうか。
唇が震える。
気を許すと泣いてしまいそうだ。
震えを押し込んでもう一度、今度は氷室の目を見て思いの丈紡ぎ出した。


「大好き」


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お題提供:確かに恋だった「耳元で大好きって言ってきてよ」