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さようなら



赤司と付き合い始めて二年目の記念日は、帝光中学校の卒業式だった。
私はこのまま都内の学校へ、赤司は京都の学校へ進学が決まっている。
私達の記念すべき日は、別れの日だった。
距離が離れるだけで恋人という関係が解消される訳ではない。
けれどお互いの距離は遠い。
それだけで心まで遠くに行ってしまうように感じた。
あんなに近かった赤司君が、今日を最後に遠くに行ってしまう。
仕方のない事だと分かってはいても、やはり傍にいたかった。

皆と別れ学校を二人で後にした。
開花にはまだ早い桜並木を並んで歩く。
この道をこうして二人で歩くのも、しばらくの間お預けかと思うととても感慨深い。

「しばらくはお別れだ」

桜並木を抜けた十字路でぴたりと足を止めた赤司が言った。
進めば進むほど別れが近付く道は、一歩一歩が重かった。
それでも別れは必ずやってくるもので、引き伸ばせるものでも、ましてやなかった事に出来るものでもない。
晴れやかで気持ちのいい青空とは打って変わって、私の心境は曇天だ。

「向こうに行っても元気でね」

本音を飲み込んで精一杯の笑顔を浮かべてみせた。
赤司の進む道を応援したい。
でも離れたくない。
行かないで、傍にいたい。
傍にいて。
矛盾した想いが交差してひしめき合うが、結果私は赤司を送り出す。
私の身勝手な願いで赤司の妨げにはなりたくない。
好きだから、送り出すのだ。

「ありがとう。なまえもな」

「私なら大丈夫。元気だけが取り柄だから」

心配かけまいとわざと声を弾ませて言うと、そうだったなと零して赤司が小さく笑った。
こういった彼の小さな笑顔さえ、もう見れない。
涙が出そうだった。

「さようなら、なまえ」

強めに吹く春の風に乗って私の元に届いた別れの言葉。
あぁ、終わってしまう。
赤司との時間が終わってしまう。
さようならなんて、まるで永遠の別れのようで口にするのは躊躇われた。

「…またね」

どうしても言いたくなくて、すぐにまた会いたくて、誤魔化すように言った私の一言に赤司が苦笑した。
子供っぽいかもしれない。
でもすぐに会えると信じたかった。
別れの言葉を告げてしまったら、本当に私の元から消えていなくなってしまうような気がして言いたくなかった。
だからこそ、またねという言葉を選んだ。

「なまえはさよならの意味を知っているか?」

「知ってるよ」

知っていても、別れの言葉に変わりはない。
出来る事なら言いたくはない。
けれど赤司はきっと言ってほしいのであろうと分かっている。
でなければ、彼はこの話題をここまで引っ張らないだろう。
分かっていても、心が拒絶する。

「なら、俺の本意も分かってくれるね?」

なのに、赤司は私の我が侭を許してはくれない。
遠回しに言えと誘う。
この時点で私の本意なんて分かりきっているくせに、意地悪だ。
別れるのは惜しい。
けれど、致し方ない。
言葉を発しようと開いた唇が震える。
離れたくない。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。

「…さようなら」

呟くように放った別れの言葉に満足そうに微笑むと、風に靡く私の髪を撫でて赤司は背を向けた。
小さくなっていく背中が霞んでいく。
桜の代わりに、零れた私の涙が地面を埋めた。

「さようなら、大好きな人」

もう一度呟いたさよならは、誰にも届く事なく宙に消えた。
赤司に貰ったさよならを胸に空を仰ぐ。
太陽が目に痛い。
止まる事の知らない涙だけが、温かかった。

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さようならという言葉は、もともと古語です。
さやうならが正しい表記ですね。
語源は「左様ならば」からきているらしいですが、一文字一文字しっかりと読み解くと語源と同じ意味になるんですよ。
左様ならば致し方ないと別れを惜しむのに使われる言葉です。
日本語って素敵ですね。