novels | ナノ

似合ってますよ



髪型を変えたら彼氏が褒めてくれたのだとクラスメイトがはにかみながら話していた。
私はまだ片想いで恋人同士ではないけれど、試してみる価値はあると思った。
早速試してみようと翌日髪型を変えて登校した。
バスケ部マネージャーの私が一番最初に会うのはクラスメイトではなく部活を共にするバスケ部メンバーだ。
私の好きな人とは残念ながらクラスが違うが、同じ部活に属しているので早いうちから彼の反応を見る事になる。

ドキドキと緊張からくる心臓の音を胸に手を当てて深呼吸する事で宥めた。
おはようと何でもない体で体育館に足を踏み入れると、初めに声をかけてくれたのはファッションに敏感な黄瀬君だった。
更衣室で着替えていた時もマネージャーの皆に髪型を指摘されたし、本当に効果はあるようだ。

これは声をかけてもらえるかもしれないと期待していたものの、ドリンクを渡してもタオルを渡しても貰える言葉はありがとうございますの一言だけで他には何もなかった。
朝練が終わり、授業を受けて、放課後にはまた部活。
そして何事もなく部活も終わって帰る時間になった。
いろんな人から新しい髪形を褒めてもらえたが、肝心な人にまだ何も言われていない。
彼はあまり興味がないのだろうか。
髪型云々ではなく、私自身にそれほど関心がないのかもしれない。

制服に着替えて帰る支度を済ませると、溜息と共にロッカーを閉じた。
そこで話しかけてくれた桃井さんは天使なのではないだろうか。
この後皆でゲームセンターに行くらしく、一緒に来ないかと誘ってくれた。
メンバーを聞けばお目当ての彼もいるようで、行くと即答した私は皆に混ぜてもらえる事になった。

目的地に着くと皆行動はバラバラだった。
ここまで来てはぐれる訳にはいかないと影の薄い彼を探す。
見付けて駆け寄ると彼はプライズゲームと向き合っていた。

「黒子君、UFOキャッチャー好きなの?」

「はい。得意なんですよ、これでも」

これはまた新しい発見だ。
嬉しくなって、へぇと商品を眺めると可愛らしい犬のキャラクターマスコットを見付けた。
私には上手く出来そうにないので眺めているだけだが、あまりの可愛らしさに思わずぼそっと呟いた。

「あれ可愛いなぁ」

「取りましょうか?」

まさかそう言ってもらえるとは思っていなかったので驚いた。
取ってもらえるのなら色々と嬉しい限りだが、図々しすぎやしないだろうか。

「えっ?!い、いいよ。大丈夫っ」

ぶんぶんと首を振って断ったまではよかったが、そこから後退したのがいけなかった。
段差がある事に気付かず一歩引いた私は、見事に段差に躓いてしまって体が傾いた。
やばいと思った時には既に時遅く盛大に転んでしまった。
好きな人の目の前だというのに恥ずかしいったらない。

「大丈夫ですか?」

起き上がりやすいように差し出してくれた手を借りてゆっくりと起き上がった。
思い切り床に打ち付けたお尻がじんじんと痛んだが、平気な素振りをしてありがとうと礼を言うと転んだ拍子に落とした鞄を拾い上げた。

「あ、待ってください。じっとしててくださいね」

何だろうと言われた通りじっと待っていると、伸びてきた彼の手が私の髪に触れた。
今日何も反応がなかったいつもと違う髪型。
何かおかしいだろうか。
それとも今の衝撃で崩れてしまったのだろうか。
思いの他黒子君の手が大きくて、温かくて、尚恥ずかしくなってきて俯いた。

「せっかくの髪型が少し崩れてしまいましたね」

やはり転んだ時の衝撃で崩れてしまったようだ。
しかしおかげで黒子君とこうして触れ合えている訳だから結果万々歳だ。
これだけで髪型を変えてきた甲斐があったというものだ。
何より誘ってくれた桃井さん本当にありがとうと心の中で礼を言った。

直りましたよと声がかかって黒子君の温もりが去っていく。
少し残念に思いながらウィンドウに映る自分の姿を確認した。
きちんと元に戻っている。
ありがとうとまた一つ黒子君に礼を言った。

それにしても、ここまで反応がないと不安になる。
少し踏み込んでみようと決めて勇気を振り絞った。

「…変、かな?」

たった一言だけど、今の私には精一杯の一言だった。
これで変だと言われたらどうしよう。
それ以上にこれでも反応がなかったらどうしよう。
言ってから不安になってきた。
朝の緊張感がここにきてどっと押し寄せてきた。

「似合ってますよ」

ありきたりな台詞でも、私をほっとさせるには充分だった。
変だと思われていなかっただけでいいと思えた。
けれど彼は続いて言った。

「いつもの髪型も似合ってますけど、僕は今の方が好きですよ」

僅かだが微笑みながら言う黒子君のおかげで心臓が更に喚き立てる。
もうすぐ今日が終わるというこのタイミングで予想以上の言葉をかけてもらえるとは思ってもいなかった。
不意打ちだ。
髪型一つでこんなに幸せな気分に浸れるなんて、嬉しすぎてどうしよう。

やはり試してみる価値はあったようだ。
今後も試してみるのもいいだろう。
彼に褒められるのなら、どんな些細な事だって嬉しいから。