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騎士の誓い



誰に何を言われようが、どんなに必死に説得されようが、俺の意志は変わる事はないし揺るぎもしない。
過去に捕らわれている訳ではない。
これからの未来の為に、あの日俺は堅く誓った。
俺の気持ちなんてどうだっていい。
自分の感情の行方より大切な存在の生死の方が大事な事であり、最優先されるべき事だと知った。
だからこそ俺は今ここにいて、今後一切の憂いを晴らそうと鍛錬に励んできた。
結果騎士団のトップに任命された事は誇りである。

警護対象が増えると知らされ、実際に警護する事になった新たなプリンセスはどんなものかと興味が沸いた。
自分が守る対象の人柄を知っておいて損はないと思い、遠目に様子を見ようと思っていただけの事だった。
いつからだったのか自分でも分かっていない。
見守るようになり、果てには守ってやりたいと思うようになったのは一体いつ頃だったのか、記憶を辿っても分かりはしなかった。
気が付いた時には姿を目で追うようになった。
視界に入れれば頬が緩んで、張り詰めていた空気も疲れも和らいだ。
惹かれていると嫌でも分かった。

別段恋愛をしてはいけないという決まりはないし結婚も可能だが、俺の場合相手が悪かった。
プリンセスに添い遂げるという事は、騎士団団長という地位を投げて国王に就任しなければならない。
幼少期からの誓いを破る事になる上に、国王となってしまっては大切な人を守るには責が重く自由に動けない。
言い方は悪いが、女を選べば信念を捨てる事になり、信念を選べば女を捨てる事になる。
苦悩の毎日だった。

結局俺の出した答えはというと、今の位置をより強固に固定付ける事だった。
告白された訳ではないが、なまえを見ていれば俺と同じなのだと自然と分かるものだ。
これ以上深入りしないように、再び決意を改める事にした。
今度こそは大切な人を自分の手で守ってみせると。
だからこそ丁度良いタイミングだなと胸中で一人笑った。

「俺は国王にはなれない」

放った言葉の先には、驚きを隠せず目を見開いたままのなまえが体を硬直させていた。
どうしてと呟かれた声は消え入りそうなほどか細く小さいものであったのに、俺の耳にはしっかりと届き聞き取る事が出来た。
それだけ距離を詰めていたのか、はたまた耳に残る声だからなのか、どちらなのかはあまり考えないようにした。
考えれば考えるほど、自分の感情に溺れてしまいそうだと思った。
改めて堅く決意した俺の意志はより強固になっている。
この先何があったとしても、使命として役目を果たすのみ。
他の誰でもない俺だからこそ出来る事だと、なまえを見る目に意志を込めた。

「いや、なれないんじゃない。ならないんだ」

きっぱりと言い切った俺に返ってくる言葉はしばらくの間はなく、静かな風が流れるばかりだった。
実際に置かれた間は大して長い訳ではないが、どれほどの時間が経ったのかと遠く思うくらいには長く感じた。
お互いがお互いを真っ直ぐに見たまま動けず、止まったのかと錯覚しそうな時間の中で心だけが動いていたように思う。
命じられれば鞭一つで止まる馬のように、心も操れたならこんなに苦しくはなかったというのに。
人間というのはなんて厄介なんだろう。

「どうして?」

先程か細く呟かれた問いかけが、今しっかりと声となって発せられた。
驚きに満ちていたなまえの目が不安気に揺れている事に気付いたものの、俺に出来るのはその目を逸らさず見つめ返す事だけだった。
理解してくれとは言わない、ただ納得してほしい。

「大事なものは自分の手で守りたい。守られる側の国王になんてなれねぇし、ならねぇよ」

粘るか、引くか、どちらだろうと伺っていると、そっかと笑いながら一言返ってきただけだった。
後者であった事にほっと安堵したが、なまえが見せた笑顔には明らかに悲しみが浮かんでいて、ずきっと音をたてて胸が痛んだ。
これでよかったんだと言い聞かせるように、歪んだなまえの笑顔を眺める。
俺の選択肢は騎士一択。
もうこれ以上大切な人を失うのも、その辛さも、体験するのはご免だ。
必ずこの手で守ってみせると、腰に携えた剣の柄に手を添えた。

「一生お前を守ってみせる」

「え?」

「今ここで誓う」

他の誰でもないなまえに誓おうと、忠誠の証を見せる為に右手を心臓のある左胸に添え、片足をついて跪いた。
下からなまえを見て、自分自身にも改めて誓いの言葉を投げかけるように口を開く。
迷いなんてない。
俺のやるべき事はたった一つだとあの頃から決まっている。
両親という大切な人達を失った日から、守りたい者は自分の手で守ると決めていた事が今実行される。
これまで国民を守る為に振るってきた剣を、たった今この時から誰よりもかけがえのない一人の女性を守る為に携えるのだ。

「一生傍でお前を守るから」

強くなまえを見た。
歪んでいたなまえの笑顔は変わる事なく、まるで耐えているかのように唇を噛み締めていた。
そんな顔をさせたい訳では決してないが、こうして早いうちから決別しておいた方がお互い後が楽だろう。
悲しいと思うのは今だけで、国王となる相手が時間と共に幸せを運んでくれるはずだ。
なまえが幸せになれば、いずれ俺にも幸せが訪れるだろう。

「俺は、命に代えてもお前を守る」

特別だと思うから、何に代えても守りたい。
なまえにだけは誓っておきたかった。
形にする事で決意が揺らがないという姿勢も見せたかった。
自己満足かもしれないし、そう罵られても反論出来るものでもない。
反論しようとも思わない。
言わせて楽になるというのなら、存分に吐き出させてやろうとも思っていた。

「うん。ありがとう、アラン」

泣きそうに震える唇を抉じ開けてなまえが放ったのは、反論でもなく、説得でもなく、俺を受け入れる礼だった。
痛々しい姿に眉を寄せそうになるが、努めて表情を一切変えずにただなまえを見つめ、誓いを受け入れてもらえた事実を受け止める。
俺がなまえに辛い思いをさせていると分かっているが、こればかりは譲れなかった。
今までの努力はこの為にあったのだと思うほどの出逢いだと思ったんだ。
なまえを守り抜き幸せに導くのは自分の使命だと、そう思わずにはいられない衝動が体中を巡っている。
誓いが俺の想いの全てだ。

湖に映る景色の中に、プリンセスと騎士の姿が浮かんでいる。
今日この日を一生忘れないだろうと、二人きりの湖を見た。
空からの光に照らされた水面がきらきらと輝き、映し出されたなまえがまるで光に守られているようだと思った。
これからの俺達のように見えて目を細める。
胸に刻みつけつように、柄にもなく美しいと感じた景色を黙って見つめ続けた。
始まる、騎士としての本業が。
第二の人生と言ってもいいだろう。
痛みと喜びが交互に顔を出す胸を、素知らぬ振りをしてやり過ごした。

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同じ事言い過ぎてくどくなった。
おまけに本編に沿うようにと思ったものの妄想炸裂ごめんなさい。